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 トンネルを抜けると、雪国だったとか、不思議の国だったとか、そんな話は数あれど。


title/目覚めたら


「目が覚めたらいきなり森ってのは読んだことないわ」

 川端康成も宮崎駿もそんな話は書いていない……と、思う。
 ついでに雪国ほど寒くない。むしろ暑い。何故だ。今は春先のはずなのに。
 現在高校三年生の高柳和巳はあまり文学小説を読まないので、他にそれらしきものを書いている小説家は知らない。
 ちなみに言い訳しておくと、宮崎駿が映画監督だということはきちんと理解しているのであしからず。 この場合作品が当てはまったから挙げただけだ。さすがにかの有名人を知らないのは日本人として色々やばいと思う。

「それにしても、ここはどこよ」

 上半身を起こした格好でぐるりと周囲に視線を巡らす。
 見えるものは木、木、木、一部湖っぽいもの(池と湖の違いはよくわからないが、綺麗で結構おおきいので雰囲気的に湖)、 木、上には空。
 雰囲気は軽井沢っぽいかもしれない。自然に溢れてるから。

(森? そうね、多分森。だって木がいっぱいあるしなんか熊が出て来そうだし)

 正直偏見だが、田舎に住んでいようと和巳も所詮は現代っ子。林と森の区別は、池と湖以上につきにくい。
 よって、和巳脳内会議にて目の前の水溜りは湖、ここは森。満場一致で決定。
 現在位置も現状把握もままならないが、とりあえずはそういうことにして他のことに目を向ける。

(目が覚めたらここにいた。目が覚めるってことは寝てたってことで、じゃあ私は寝る前何をしていた?)

 訳が分からなさすぎて逆に冷静だ。パニックに陥る余裕すらない。和巳は両目を閉じて、落ち着いて記憶がどこで途切れたかを 思い返す。
 周囲は静かで、ただ時折吹く爽やかな風に木や葉がすれる音が自然な静けさを和巳に提供していた。

(朝はちゃんと起きた。学校にも行った。帰ってきた記憶もある)

※※※

 家族四人で住むには少し狭いようで実はちょうどよい4DKのマンションは、学年で三つ下の弟大和が生まれてから移ったので、今年でちょうど15年目になる。そのころ和巳もまだ幼かったので、和巳にとっても「家」はあそこしかない。
 珍しく鍵のかかっていなかった玄関。そういえば今日は水曜日。弟の部活が休みの日だ。
 玄関は電気が点けっぱなしだった。電気代がもったいない、と和巳は顔をしかめた。 ついでに靴箱に入っていないスニーカーが一揃い。

 ヤツめ、この間買ったばかりのゲームが楽しみで早くしたいからといって、いくらなんでもこれはなかろう。

 リビングのドアを開けた瞬間叱ることを決意して、和巳は革靴を脱いだ。弟の紐靴と一緒に靴箱へしまう。
 まったく、心優しい姉を少しは敬え。今日のポテチ比率は7:3決定だ。
 がちゃり、とリビングのドアを開ける。テレビはこの部屋にしかないので、必然的に弟がいる場所は限られる。
 玄関扉が開く音で既に気付いていただろう弟は、こちらを振り返りもせずに「おかえりー」とだけ声をかけた。 学ランからは着替えていたが、視線は画面から離れない。

「大和!」

 んー、とおざなりな返事。画面で船が海上を滑る。酔わないのだろうか。

「あんた靴出しっぱなし、玄関の電気も点けっぱなしよ!」

 え、ごめん気付かなかった、なんてすっとぼけた答えを返しながら今度こそ弟はこちらを振り返った。大和が本気で靴も電気も 忘れていたのは長年の付き合いで分かるので、仕方ない、 素直に謝ったのだから今日はやっぱり6:4にしてやろうと和巳は考え直した。

※※※

「……そこから見事に覚えてないわ」

 えー私まだ若いのにー? なんて頭を抱えて本気で悩む。まだ建保症とは縁遠い年齢だと信じたい。
 が、自分がまだブレザー姿であることに気付くと考えを改めた。

(私、着替えてない)

 記憶が断絶してから、そう時間は経っていないのかもしれない。
 ブラウスの下に着ている下着を確認。確かに今朝自分で選んだものだ。新たについた汚れなどは見当たらない。

(ここ結構暑いし、汗をかいててもおかしくない。だけど服に湿った感じはあんまりないから、そこまで時間は経ってないはず。 じゃあ何があった?)

 和巳だけではない、あのとき同じ空間にいた大和は――。

「――っ! 大和!?」

 どうして思い至らなかったのだろう。あまりにも理解し難い状況に、和巳は弟の存在を失念していた。
 やばい、やばい、と目覚めたとき以上の驚きと焦りが和巳を突き動かす。
 アテも考えも何もなかったが、とにかく和巳は立ち上がった――否、立ち上がろうとした。

「わっ」

 ――後ろにあった障害物に引っかかって、しりもちをつかなければ。

「……え?」

 障害物の意外に柔らかい感触に驚いてよく見れば、それは今まさに和巳が探さんとしていた弟・大和の姿だった。
 幸せそうな寝顔が腹立たしい。

「……」

 なんというか、もう、心配して損をした。あの焦りを返せ。誰かに見られたら恥だろう。
 体から一気に力が抜けて、地面に背中から倒れこむ。芝生の感触が心地よい。
 ブレザーが汚れるとか、後でゆるく結んだ髪に草が付くとか、そんなことは気にしなかった。
 ぼーっと空を眺めていると、ゆっくりと入道雲が流れていくのが分かる。

(ここ、暑いけど嫌いじゃないな)

 空気が乾いているので不快感がない。
 おかしい、と思った。
 少なくとも、日本の夏は湿気を帯びた風が吹くものだ。なにより蝉の声が聞こえるはずなのだが、 そもそも今の季節は春先である。
 記憶と違う季節、気候の不一致。
 奇妙な食い違いは和巳を不安にさせたが、だからといって解決策を見つけられるほど和巳の人生経験は豊富ではない。

「仕方ない……とりあえず起こすか」

 心地のよい寝床から起き上がり、景気づけに伸びをする。降ろす手の勢いそのままに、近くにいた大和の背中に 軽く叩きつけた。ぱふん、と可愛らしい音。
 それに触発されたわけではないのだろうが、穏やかな寝息を繰り返していた唇がむにゃむにゃと動いた。
 ぼそり、とその口から聞き取りにくい寝言が漏れる。
 耳を澄ませてみると、それは大和がプレイしていたゲームに関する事柄だった。武器はどう、エフェクトが、エンカウント数が、 経験値が、世界が、異世界の住人が。
 異世界、という言葉が和巳の心にひっかかった。
 今、まさに。
 自分たち姉弟がいる場所は――。

「ホント、どこのオトギバナシよ」

 自分の想像に自分で馬鹿らしくなり、和巳は声を出して否定する。
 生憎、和巳は「目が覚めたら異世界」という類の本は読んだことがなかった。
 気を取り直して、自分の手が痛くならない程度の強さで弟の背中を叩く。

「起きなさい大和。起きなさい」

 バシバシバシバシ。結構いい音がするが、一向に起きる気配がない。もうちょっと力を込めてみる。
「やーまーとー?」
 べしっばしっばちん。高い音。赤く腫れて、痛みを引きずる叩き方だ。少し手が痛い。
 学校で剣道部に所属しているわりには長めの黒髪が揺れる。
 それから何十回と叩いても弟のまぶたは仲良くくっついたままなので、和巳もいい加減ムカついてきた。

 楽勝だぜ雑魚敵がーなどとのんきに夢の世界でゲームを満喫する弟が憎い。
 というかキレた。


「――っ、起きんかこの万年寝不足少年!」


 バチィ! と派手な音を立てて頭に一撃食らわしたあと、ぐっ、とうめく声を無視して力の抜けた身体をひっくり返す。 間髪いれずに、無防備な腹に肘を入れた。
 ちなみにここまでの所要時間約3秒。

「っだぁ! なにすんのさぁ!?」
 10センチ以上も違う身長差では、座った状態でも自然と高いほう――弟が見下ろす形になるのだが、いかんせん、見下ろす顔に 迫力がない。瞳には涙らしきものが浮いて見える。

「痛いじゃないかっ、内臓が、内臓が!」
「あんたの睡眠欲の深さにお姉ちゃんは脱帽よ! 驚嘆よ!」
「成長期なんだよ眠くたっていいじゃないか!」
「それ以上身長を伸ばしてどうする! 175よ175! 中三男子平均なんて遠い昔に追い越した分際で!」
「他にも成長するところはあるじゃん!」
「頭か、頭か!? 脳みそは寝すぎたら溶けるのよ!? お姉ちゃんはあんたの脳の退化を止めてるの! 成長と退化は 対義語だから、成長を促していることになるのよ!」
「何そのめちゃくちゃな理論! オレぜったい騙されないからね! 姉ちゃんだって高二女子の平均身長よりは高いでしょ!」
「もう高三よ問題を摩り替えようとしてもお姉ちゃんは流されないわよ! いくら起こしてもあんたが起きなかった事実に変わりはない、 つまり私が寝てるあんたを蹴ろうが殴ろうが文句はないはず!」
「成長うんぬん持ち出したの姉ちゃんでしょ! オレじゃない! てかどうしていきなり起こすのさ!?  今日オレ部活の予定な……あれ?」
「成長期って最初に言ったの大和でしょっ、さぁ、自分の非を認めて謝りなさい!」

 我に返ったような大和は無視して、和巳は自分の言い分をまくし立てる。姉弟げんかは黙ったほうが負けだ。
 だが、そんな姉を大和は無視して、自身が不思議に思ったことを問いかける。姉弟げんかは流したほうが勝ちだ。

「ねぇ、オレゲームしてたと思うんだけど。家で」
「うん、私は頭をはたく気だったんだけど。弟の」
「……」
「……」
「軽井沢は長野県だっけ?」
「そうね」

 やっぱり考えることは同じ。それを別段不思議にも思わない、THE☆姉弟マジック。
「……」
「……」
 だがそれに続く沈黙に耐えられなかったのか、大和は頭を抱えて叫びだした。

「てかここどこー!?」
「それを訊くために起こしたんでしょっ、あんたこそここどこか知らないの?」
「知るわけねぇっ……じゃなくてごめんなさい知りません」
「お前がゲームばっかりするからだー!」
「責任転嫁にも程があるよ!」
「ははは」
「わーん姉ちゃん戻ってきてーっ!」

 姉弟二人で中身のない言葉の応酬が繰り返される。
 状況が状況なだけに、テンションはいつもの1.2割り増しだ。

 このままだと延々続くであろう集団ヒステリー(約二名)は、ぱきん、と小枝が折れる音で唐突に止む。
 はっとしたように和巳の背後に視線を向ける大和。瞳が驚いたように見開かれる。
 和巳は振り返ろうと首を巡らせ――


「何をしている、お前たち」


 その人間を目にして、和巳の動きは驚きで固まった。
 声の主が手にしている細長いモノが、こちらに向かって伸ばされる。
 ヒヤリ、とした金属の感触が首筋に走った。



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お小言
ポテチ比率 = ポテチ一袋を二人で分けるときの割合。
高柳家はポテチの袋食べ禁止です。
普段は5:5だけど食べるペースの速い大和が若干多くなる。そんなプチ設定