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 未知の生物――UMAと呼ぶこともあるそうだが――を発見する喜びというものは、一握りの人間しか味わえない極上の至福。
 ただ残念なことに、命の危機にさらされた状態で幸せを感じられるほど、高柳姉弟は知的好奇心旺盛でもマゾでもなかった。


title/『怪物』と書いて『しんしゅ』と読む。


 大きさは1.5メートルほど。二本の後足で立ち、前足には鋭い爪が覗いている。
 とりあえず、今にも食べられちゃいそう(語弊なし)な空気が肌に痛い。
 こんなときはどうするべきか、そうだ、叫ばなくては。
 混乱してきた思考回路で結論付けると、和巳は早速息を大きく吸って腹に力を込めた。

「……熊―――――っ!」
「えぇぇええ!?」

 姉のパニックが広がったのか、大和もよくわからない悲鳴を上げた。
 絶叫後、すっきりするかと思えば余計頭がこんがらがるだけだった和巳は無意識に弟の隣へと移動した。

「熊くまクマ熊っ、大和何とかしなさい現役剣道部員!」

 肩をがしっと掴み揺さぶる。前後に揺らされ先ほどとは違う種類の悲鳴を上げる大和。
 精一杯の抵抗で姉の揺さぶりを止め、しかし涙目になりながら訴える。

「無理、絶対無理! 姉ちゃん俺に死んで欲しいわけ!?」
「……うるさいぞ、お前たち」
「っつーかアレ熊? 熊じゃなくない? なんか耳とがってるよ!?」
「熊の耳は丸い耳よっ、だから女の子にぬいぐるみが人気あるのよ!」
「嘘だそれ方向性違う!」

 そこはおとなしく流されろー! など理不尽な要求をする和巳を前にして、大和は逆に冷静になったのか「わかった流される」 と返した。
 野生の熊に会ったら死んだフリ、というのはあまりにも有名な話だが、目の前の獣はそれを許してくれそうに無い。
 なんというかもう、ターゲットロックオン! 今にも飛び掛ります! ボクお腹減ってます! 的オーラを振り撒きながら じりじりとにじり寄ってくる。
 迷惑なことこの上ない。

「とにかく何とかしなさいよそこの紅白もち!」
「紅白……僕のことか?」

 紅白もちが何なのか理解できなかったようだが、分からないなりに決していい意味ではないと感じたのだろう。 少年が不服そうに少しだけ振り返って和巳へ尋ねる。
 しかし完全無視して和巳は熊(仮)を鬼気迫る表情で指差した。

「あんたがそんな物騒な代物持ってるの、絶対そこの獣相手にするためでしょ!?  さぁ、本来の役目を思う存分果たしなさい!」

 和巳の発言に少年が勢いよく振り返った。
 一目見れば怒っていると分かるくらい。例えるなら毛を逆立てた猫に似ている。あまり迫力はない。

「これはアダマス教官が直々に選んでくださった物だ、獣相手に使う代物ではない!」

 熊(仮)からほとんど目を逸らして和巳に反論するその態度は、 和巳と大和が言い争う時となんら変わらず意外と子供っぽい。

「知らないわよそんな気象衛星みたいな名前の人間! いいからちゃっちゃとやんなさい、私たちあんなの相手にしたら死ぬ!」

 またも和巳の妙なあだ名ともつかない呼び方は少年の琴線に触れたようで、少年の身体がピクリと跳ねたが、 予想していた反撃はなかった。ただし、唇の端が引きつっているのはご愛敬。
 その間にも、熊(仮)はよだれを垂らしながらのしのしと近付いてくる。茂みは踏み潰されている。 距離にして約30メートル。

「まったく……丸腰というのは本当だったのか」
「主張してるでしょさっきから!」

 いつになったら理解するんだこの餅がぁ! と言外に含ませたのは、多分隣にいた大和にしか伝わらなかった。
 どうどう、と大和が後ろから和巳の身体を羽交い絞めにしている。 和巳は力の限り手足をバタつかせているが、姉弟といえども男女の力の差は埋まらない。
 ぎゃあぎゃあ騒がしい外野は無視して、少年は熊(仮)へ向き直る。
 彼の瞳がすっ、と細くなった。完全に見下した視線を直視すれば姉弟は声にならない悲鳴を上げただろうが、 運の良いことに彼らは少年の背中しか見えない。
 二人は思う存分野次馬体験、である。

「緊急収集だったから、生憎と魔石は持って来てない……丸焼きにされないことを感謝しろ」

 決め台詞っぽいものを呟いて少年は剣を正眼に構えなおした。
 あんな台詞を平気な顔して吐いておきながら不自然さがないなんて、美形は得だ。
 相変わらず弟の身体にしがみ付きながら和巳が場違いに呑気なことを考えていると、少年のほうが先に仕掛けた。 身を低くして突進する。切っ先を後方に向け、柄を腰に引き寄せた構え方は時代劇でよく見る「居合い」に似ていた。

(うわ、速い……!)

 だが、獣のほうもなかなか侮れなかった。熊と狼を混ぜたような獣は俊敏性も高いらしく、前足を地面に着いたかと思うと 少年へダッシュしてきた。

 肉薄する。

 そう思いまぶたを閉じかけた和巳だが、少年は獣と接触する一歩手前で横に逸れていた。
 軽いステップで少年は土を踏み、獣が向き直るより速く土を蹴った。刹那生まれる、肩口の傷。 浅いのか深いのか分からない。しかし獣は確実に怯んだ。
 隣で大和が「おぉ……」と感嘆の声を上げた。
 少年の動きは流れるようで、剣術などとは無縁な和巳でも「すごい」と感じ入るほどだ。
 怯んだ獣が怒りだす前、その空白の数瞬に少年は動く。白い短衣と髪が踊る。獣が腕を振り下ろす。少年が避ける――。
 後ろに回りこんだと思った直後、ばん! と何かが爆発したような音がして獣の動きが一瞬止まった。 その隙を見逃すことなく少年は背後から急所を突き刺したようだが、残念ながら和巳たちからはそれが見えない。
 冷や汗の流れそうな静寂。だが、少年の自信に満ちた動きは安心をもたらしてくれる。
 やがて力尽きた獣が前かがみに倒れると、先ほどとなんら代わらぬ少年の姿が現れた。
 刀身がさほど汚れていないところを見ると突き刺したのではなく斬ったらしいが、二人がそんなことに気付くわけもない。
 ただ、少年の剣舞に見とれ憧憬の眼差しで彼を見つめるだけだ。
 少年は二人の視線に気付かないのか無視しているのか、剣を持たない方の掌を一瞥し、

「思ったより威力が弱かったな……まぁ、これだけ水精霊の空気が濃い場所なら当然か」

 と、二人には意味の分からない呟きを落としてこちらに向き直った。

「どうやら、北の山から下りてきたらしいな……理由は分からんが」

 そう言って、紅白もちは和巳たちを怪しむように目を眇める。

「冗談じゃない」

 キラキラとした眼差しを即効で捨て、和巳は思いっきり顔をしかめた。
 熊なんて動物園でしか見たことない。野生の動物なんて見る機会も全く無い。現代っ子をなめるなよ。

「まぁいい。僕の役目は果たしたからな」
「は?」
「荒らされた跡を発見した生徒がいた。それで僕たちに収集がかかった」

 要するに、コイツがここら辺にいたのはこの熊(仮)を見つけ次第撃退するためだったらしい。
 ……ついでに、この少年がいなかったら和巳たちは今頃この熊(仮)に成す術もなくゴハンにされていた……のか?

「ちょっと待って」
「なんだ」
「山からこんなのが降りて来てここにいるってことは、山と繋がってるの?」
「当たり前だろう」
「ぐっ……じゃ、じゃあ誰だって侵入できるんじゃないの? 熊が入れるくらいだし」
「馬鹿か。常識で考えろ」

 その常識が分からない場合はどうするんですか。もしくは、その常識が今さっき根底から崩れた場合はどうするんですか。 教えてください先生。
 和巳が何を言いたいのか理解したのか、少年は呆れた――むしろ馬鹿に仕切った様子で「なんなんだ」と呟いた。
 それはこっちの台詞だ。

「対人間用に結界を張ってある。ある程度の動物にも有効だ。おおかた、薄くなった場所から潜り込んで来たんだろう」
「……へぇー」

 驚き方にも覇気がない。
 少年は訝しんだが、和巳も大和もそれどころではないのだ。


 結界? 新種の動物? 剣? 紅白もち?


 全てファンタジー性に満ちていて、リアリティに欠けるそれらの「現実」。
 自分の正気を疑いたくなる程度には、まだ和巳はまともだ。

「姉ちゃん」
「大丈夫、大丈夫よ」

 不安に揺れる弟の瞳。
 和巳は顔の筋肉が引きつるりそうになるのを抑え、笑んでみせる。

「一人じゃない。姉ちゃんがいる」

 それでも不安を隠しきれない大和の頭を撫で、和巳は何度も「大丈夫、大丈夫」と声をかけた。 半分は弟を安心させるように、半分は自分自身へ言い聞かせるように。

「おい」

 少年はしばらくそんな二人を観察していたが、おもむろに剣を鞘へ収めると近付いて来た。
 視線を向けた二人に対し、立つように促す。

「とりあえず、責任者のところへ行くぞ」
「責任者って、誰」
「知る必要はない」
「……あ、そう」

 小生意気なガキだ、と和巳はこっそり毒づいた。
 だが、もうこれで疑う余地はないだろう――ここは、和巳たちのいた世界とは違うのだ。
 今まで全てだと思っていた、あの世界とは。


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お小言
紅白→おめでた→紅白もち
アダマス→ア○ダス という思考回路。
あだ名は紅白もちで決定か?