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 木々の向こうには、灰色の建物があるよ――視力の低い和巳のために、大和はそう教えてくれた。
 ブレザーの胸ポケットに入れていた眼鏡をかけて弟の指差すほうに視線を向ければ、確かにそれらしきものが確認できる。

「僕たちが向かっているのは、その建物だ」

 少し振り返りながら言った彼の赤い瞳が明るく見えた。唇が緩やかに曲線を描いて、どこか誇らしげだったのは見間違いだろうか。


title/女史


 建物の中を、三人は黙々と歩いていた。
 少年が二人の前に先立ち先導している。ついでにここが何処だとか教えてくれてもいいものを、彼はずっと沈黙を守ったままだ。
 

(でも、不審者に背中見せるなんて)

 和巳はとりあえず自分たちが「不審者」であることは認識しているので(隣の大和はそんなこと考えていないだろう)、 そんな相手に後ろを歩かせる少年のふてぶてしさに呆れた。
 二人が信頼されたとかではなく、多分和巳と大和程度なら不意打ちでも対処できるという自信だろう。そもそも背後から襲うなど 大それたことを出来るわけがないのだが。
 少年にばれないようこっそりとため息をつき、観光だと思って周囲を見回す。
 和巳たちが歩いているのは廊下だったが、完全な屋内ではない。
 丸い柱が屋根を支え屋外と直結している廊下だ。向かって左手に中庭、右手にいくつもの部屋が連なっている。 日本家屋の縁側が少し地面に近くなって靴で歩いている感じだが、木製ではない。
 材質はコンクリートに似ていたが、肌触りが少し違う。コンクリートよりも荒い質感。
 建物の構造やデザインなどは日本どころか和巳の知る世界の都市の何処とも似通っていない。
 それでもどこか共通点はないかときょろきょろしていると、同じように周囲を見回していた大和と目が合った。 先ほどよりだいぶ落ち着いたらしい大和は、田舎者然と姉弟二人してきょろきょろしていたことが恥ずかしかったらしく、苦笑した。
 和巳も苦笑で返すと、大和は身を屈めて内緒話をするように話しかける。

「……アラビアンナイトみたいだね、姉ちゃん」

 言われて良く見れば、確かにアラビアンナイトに出てくる宮殿をかなり安くしたような体裁、と言えなくもない。

「そうねぇ」

 廊下の幅はそこまで無く、学校とさして変わらない。
 驚いたのはドアが無いことだった。コンクリートを入り口の形に切り取ってあり、 部屋の中は見えてしまうが風通しはよさそうである。
 そのあたりも、アラビアンナイトに似ているかもしれない。宮殿ほど華美ではないが。



「――レリア女史」



 久方ぶりに口を開いた少年が動きを止めた。つられて足を止める和巳と大和の目に、正面からこちらへ向かってくる人影が映る。
 どこかの部屋から出てきたのだろう。周りを観察することにばかり意識を向けていた二人は気付かなかった。
 レリア女史と呼ばれた女性がゆっくりと歩み寄ってくる。彼女が「責任者」だろうか。
 少年の背後にいる二人を目にして、女性は不思議そうに首をかしげた。その動作はあくまで『不思議そう』であって『不審そう』 ではない。
 話の出来る人が来た、と心の中で勝利宣言。

「こんにちは」

 そう言って微笑んだのは、丈が短めな白衣を身にまとった妙齢の女性だった。
 女性にしては身長が高く、スラリとした体躯とバランスが取れていてまるでモデルのよう。
 落ち着いていながらもほんの少しの茶目っ気が覗く水色の瞳に、サイドを後ろで結い上げたこげ茶色の髪。
 大人の女性といった感じのすっきりした顔立ちは美人と呼ぶに相応しいが、 化粧や服がシンプルで爽やかなせいか、美しさよりも親しみやすさを強く印象付けた。
 細かなウェーブを打つ髪を背中へ流しながら、女性は近づいてくる。
 少年が背筋を伸ばし、態度を改めた。

「レリア女史。湖の付近で獣と遭遇、撃退しましたが、その付近で不審者二名を拾いました」
「そうですか、ご苦労様です。不審者というのは、貴方の後ろにいる彼らですね?」
「はい。こっちが――」

 と、和巳を指して名前を呼ぼうとしたところで動きが止まった。そういえば、まだ互いに名前を知らなかったのだと今更気付く。
 少し戸惑った少年が次に発言するより早く、レリア女史と呼ばれた女性が微笑みそのままに口を開いた。

「私はレリア・アルテミス。この研究院に所属しています。あなた方は?」

 レリアは手を差し伸べながら名乗った。
 一瞬何を訊かれたのかと差し出された手の意味が理解できず固まる。名前、と思い至ったはいいが慌ててしまって舌がうまく回らない。

「あ……えっと、和巳です。姉です」
「弟の大和です」
「苗字は高柳です。二人とも学生です」
「中三と高三です」

 言うことがなくなって口を閉ざしたところで、伸ばされた腕は握手を求めているのだと思い至る。
 日本にいると初対面の人間と握手する機会など意外と無いもので、慣れない挨拶に戸惑いながらもそっと手を握り返した。
 アレは苗字と名前の順番がイマイチ分からなかった上に日本風の姓名が通じるかどうかも分からないので取った苦肉の策だが、 焦りながらだったので少しばかりぎこちない物になってしまった。
 和巳の焦りが感染したらしい大和も同じような物言いだ。
 掛け合いのような自己紹介にも、レリアはただその澄んだ水色を優しく細めるだけで、後ろにいる紅白もちのように呆れた視線を よこさない。
 彼女は続けて大和とも握手を交わし(少し顔が赤くなっていたのは中学生らしい気恥ずかしさか)、何故か紅白もちの肩に手を置いた。

「クロム特待生、次は貴方の番ですよ」
「僕の?」
「貴方のことです、彼らの名前を聞いていないのならば自らも名乗っていないのでしょう?」

 レリアに図星を指されたからか、はたまた和巳たちの名前を聞いていないことを失態だとでも思ったのか。少年は 少しばかり嫌そうな顔をしたが、おそらくはレリアの手前無礼にならない程度に色の無い表情で告げた。

「クロム。クロム・ディアーズロック」

 ふむ。クロムを繰り返したのだから、やはりクロムが名前でつまりは西洋式か。
 和巳が新たな発見を咀嚼していると、大和が眉間にしわを寄せながら訊いてくる。
 声は少し落としているが、クロムとレリアに聞かれても構わないと考えている音量だ。

「アラビアンナイトって何処の国だっけ?」
「……アラビアでしょう。中東のあたり」
「名前、苗字の順番でいいのかな」
「いいんじゃないかしら。苗字、名前のほうが珍しいでしょうし」

 二人の会話に少年、もといクロムはなにか言いたそうにしていたが、明らかに他愛の無い世間話を止めさせるほど狭量では ないらしい。

「クロム特待生、少しいいですか?」
「はい」

 レリアは失礼、と一言残して少し距離をとると、二人から離れてクロムと何か言葉を交わし始めた。
 これからの処遇についてだろうか。考えても埒が明かないので、姉弟で会話を続行する。

「じゃあヤマト・タカヤナギ? 変な感じだ」
「普通に名乗ったあと訂正すれば? 慣れている言い方でいいわよ」
「そっかなぁ」





 クロムは例の姉弟へ警戒を怠らず意識を向けていたが、まだ意味不明の会話をしている様子だった。
 あまりのふてぶてしさに苛立つ。本当にここが何処だか理解していないのか?

「和巳に大和……どちらも聞きなれない韻ですね」

 背後の姉弟に集中しすぎて、敬愛するレリアの言葉に反応が遅れた。失態だ。
 心の中で軽く舌打ちをしながら、しかし顔には出さず平静を装って答える。

「偽名の可能性もあります」
「それならもう少しありがちな名前を使うでしょう。疑いすぎも良くないですよ、クロム君」
「レリア様は怪しいと思わないのですか。ヘルギウスに居ること自体が既におかしい」
「そうですね」

 レリア様、とクロムは呼んだ。やはり普段から口にしているほうがしっくりくる。
 だが彼女も特待生とは呼ばなかった。つまり、今レリアは院長ではなく、レリア・アルテミス個人として あの姉弟のことを話しているのだ。
 ――嫌な予感がする。

「……レリア様、今すぐにでも騎士団へ突き出すべきかと」

 胸によぎった予感が現実のものとなる前にクロムは動いた。
 早くあの姉弟と関わりを絶つべきだ。

「クロム君、彼らは剣や争いとは無縁の人間です。手を握れば分かります。 強いて言えば右手の指に筆によるタコがあるくらいです」
「ですが」
「普段から筆をとる人間は戦場へ出ません。潜入工作などという大それたことをやってのけるのは、 常に訓練された者でなければ出来ないでしょう。仮にもここは『王宮直属』です……それに」

 レリアは一度言葉を切ると、不審者二人組みを横目で見やった。視線はそらさず、クロムにだけ聞こえる程度の小声で続ける。

「少年の方――たしか大和といいましたか。彼には術師の資質がうかがえます。 あれだけの魔力を無防備に放っているのは、その扱いに長けていないから……何かしろの組織に属していれば、 あの才能を放置するはずがありません。無論、このような場所に送り込むことも」

 レリアの言葉には物騒な響きが篭っていたが、クロムにとってそれは慣れたものであった。
 今重要なのはあの不審人物二名を彼女が引き入れようとしていることだ。
 クロムにとって後見人でもあり恩人でもあるレリアは優秀な人材を見ると面倒を見たがる。 そのうえ才能を伸ばそうとあの手この手でトップレベルの教育機関に入れようとするので、彼女はいつでも危うい立場だ。
 どうして悪い予感ばかり当たるのか。

「考え直してくださいレリア様。弟一人ならまだしも、姉のほうはどうするんです」

 扱いやすそうな弟と違い、姉のほうは見るからに頑固だ。レリアの考えに賛同するようには見えない。

「彼女には研究員になってもらいましょう」
「冗談は止めてください。魔導研究は専門的な知識が必要です」

 即答すればレリアはいたずらっぽい微笑を向けるだけだった。
 今まさにクロムが言ったことを、その研究院の長であるレリアが理解していないはずはない。それを承知で クロムは反論したのだ。
 悪あがき、無意味だと思う。
 自分の行動の無力さが悔しくて、クロムは唇を噛んだ。
 レリアの瞳を見れば分かる。

「私の直感は当たるんですよ?」

 彼女は、いつだって本気なのだ。


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お小言
レリア様登場。
彼女の血液型はABだって信じてる。
捉え所のない人を書くのは大変です。