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 一目見て、異状だと思った。
 話をして、無防備だと感じた。
 最終的に、これは使える、と判断した。


title/選択権


 大和との世間話のネタも底をつき、そろそろ決着がつくだろうと二人のほうを見やると、 いつのまにか雰囲気が変わっていた。
 和巳たちのあずかり知らぬところで交わされる会話は、なにやら不穏な空気を孕んでいるように伺える。
 ヒヤヒヤとした心持でその様子を眺めていたが、しばらくすると一段落ついたらしい。レリアは微笑み、クロムは俯く。
 勝敗は明らかだった。

「さぁ、クロム君は職員棟へ。アダマス教官が待っていますよ」

 そう告げられても、クロムは動こうとしなかった。顔中で「不服です」と訴えている。
 彼がレリアへ敬意を払っているのは確かなのだろうが(和巳たちへの対応と比べたら、まさに天と地の差だ!)、それにしても 不遜な態度ではなかろうか。

(そんなに嫌かね、私たちを怖い人に突き出さないことが)

 紅白もちの疑り深さに内心で舌を巻く。理不尽だなぁ、なんて呑気に考えているとクロムはようやく口を開いた。

「……そいつらは」

 今にも溢れそうな激情を抑えた声。彼の声には、いつも何か抑えられている。
 幼さとか、弱さとか、感情とか。

「私が話をします。無論、教官にこのことは」
「伏せろ、と?」

 クロムの片眉が上がり、眉間にシワが寄る。赤い瞳には剣呑な色。だがレリアはそんなこと気にも留めず会話を続ける。

「どのみち、アダマス教官はお人好しですから彼らに危害を加えることは無いでしょう。しかし規律には厳しい方ですから」
「……」
「彼らの後見人が誰になるかの違いですよ。クロム君が私ではなく他の教員と最初に接触したとしても、その先にあるものは あまり変わりありません。私か、アダマス教官か、もしかしたらシラー教官かもしれませんね」

 レリアの上げた名前にクロムがピクリと反応する。あまりいい顔はしていない。
 先ほどから「アダマス」には無反応だったので、ならば「シラー」のほうに反応したのか。
 クロムの弱点、シラー教官。
 和巳は脳内メモ帳にしっかりと書き残した。
 それにしても―― 和巳はチラリと会話続行中の二人のうち、背の高いほうに眼をやる。このレリアという女性は結構図太いというか、食わせ者というか。

「研究員はレリア様の権限でどうにも出来ますが、生徒となると問題があります」
「あくまで私は研究院の人間ですから、他の方に頼まなければならないことは多いですね」
「はっきりとした身分証明もできないのに?」
「私とクロム君さえ黙っていれば、ここの教師陣なんて簡単に騙せます」

 レリアの返答に押し黙るクロム。本当に悔しそうに唇を噛んでいる。
 あんなにはっきり「騙せる」なんて大した自身だ。それとも皆お人好しだとでも言うのだろうか?
 可哀想に、と安い同情を和巳が投げかけていると、ふいにクロムがこちらに視線を向けた。
 二人のやり取りを見続けていた和巳と目が合う。
 和巳は日本人が得意とする愛想笑いで誤魔化そうとしたが、クロムに強い負の感情が詰まった赤い目で 睨まれてしまい、不覚にもたじろいでしまう。
 何度も言うが和巳は日本の一般市民だ。あからさまな敵意を向けられる機会などそうそうない。
 が、そう何度も年下に負けてたまるか。和巳には和巳で年上の意地というものがある。

「なに?」

 つっけんどんに言い放つと、思いっきり睨んでやる。しかも、下から見上げるようにではなく、上から見下ろすように。 相手も当然敵意の増した瞳で和巳を睨んだが、勤めて冷静な態度を取り続けた。
 引いたら負けだ。
 しばらくそんな膠着状態が続いていたが、意外にも先に矛先を収めたのは少年のほうだった。
 身体の向きを和巳からレリアの正面へと移す。

「失礼します」

 和巳のことなど存在していないかのように今までの刺々しい空気を引っ込め、レリアに一礼すると彼はスタスタと廊下を歩き始めた。
 唐突な豹変振りに呆気に取られる和巳。もしかして危険じゃないと考え直してくれたのかな、と甘い考えが頭をよぎったが、それは すぐさま打ち砕かれる。
 振り返ったのはたった一度。一瞬向けられたその視線は和巳にだけ据えられていた。
 思いの丈をぶつけるような眼光。鋭く強く、突きつけられる敵意。
 赤い眼は炎が燃え盛っている錯覚を和巳に見せ、少しだけ腕が震えた。





 気まずい沈黙が降りる中、少年の姿が角の向こうへ消えるのをしっかりと見届けて、レリアは優美に振り返った。
 顔には微笑み。美しさの中に、ひとさじの胡散臭さを加えたような。
 あれだ、営業スマイル。某ファーストフード店で0円で買えるモノ。レリアの笑みならかなり高額な値段で売れそうだが。
 和巳がそんな失礼なことを考えていると、彼女はその美しい形の唇を開く。もったいぶった、ゆっくりとした動きだった。

「さて、あなた方はこの国の重要機関に無断で進入した――それは自覚していますね?」
「記憶はありませんが」「さっぱり覚えてませんが」

 口をそろえて似たような発言。再びTHE・姉弟マジック。

「普通なら騎士団の元へ行き正式な裁判を経て処罰を下すのですが……お二人とも、嫌ですよね?」
「好きでここに来た覚えは無いので」「裁判沙汰は嫌です怖いから」

 回りくどい言い方だ。むしろ脅しじゃないのか。

「そこで、私が救いの手を差し伸べようと思います」

 来た。和巳は身構えた。
 この女性はどんな条件を出してくるのか……見た目どおりの清楚で大人な女性を彼女の真性と見てはいけない。絶対に策士だ。
 今のところ和巳たちがレリアに提供できるものなど何一つとして無いはず。条件を絞り込もうにも、和巳には見当もつかない。
 内容によっては今すぐこの場から逃げなければ――和巳は隣にいる大和の手を意識した。そのときは私が引っ張らないと。
 ささやかに覚悟を決めた和巳を見て、レリアは笑みを深くした。 水色の瞳は細くなっている。毛を逆立てて威嚇する猫を可愛い、と慈しむみたいな目だった。
 嫣然とした笑みそのままに、彼女は口を開く。



「ここに籍を置いてみませんか?」


「は?」「うぇ?」

 予想もしていなかった唐突な提案に間抜けな声しか出ない二人を置いて、レリアはスラスラと、あくまで提案の形をとりながら 自分の意見を並べ立てる。

「ですから、このヘルギウスで生活するつもりはありませんか?」
「学校に通うお金ないです」「勉強についていけない自信があります」
「金銭面は私にお任せを。学力についてはおそらく心配ありません」

 何を根拠に? はっきり言って大和は勉強が出来る学生には見えない。成績だって中の下くらいだと思うのだが。和巳だって 中の上と上の下を行ったり来たり、である。

「ヘルギウスは最上級学年が六、十八才までです。和巳さん……失礼ながら、お年は?」
「十七、今年度で十八です。大和は十四才」
「それでは、和巳さんにはには私の元で研究員として働いてもらうことになるかと」
「じゃあ、大和が?」
「ええ。本来なら第二学年ですが」
「あ、オレ来月で十五です」
「なら第三ですね。もしかしたら一つか二つ上の学年に入ってもらうことになるかもしれませんが」

 次々に決まっていく話。だが、和巳たち姉弟はこの話に乗るしかないのだ。
 断れば裁判。しかも和巳たちは異邦人だ。この国の法律で裁かれる場合、圧倒的に不利だろう。国際法なんて適応されそうに無い。 そもそも存在すら危うい。
 レリアが嘘を吐いているとは考えにくかった。
 騎士団へ突き出すのが通例であるのは事実だと、少年の態度を見ていれば分かる。裁判所は『記憶に無い』とか『覚えが無い』とか、 そんな言い訳が通じる相手でもないだろう。
 つまり和巳たちには庇護者が必要なのだ。しかも、火急に。

「あの、それでも私たちには生活する場所すらありません」
「私の家は空き部屋が多いんです。二人程度なら問題ありません」

 しばしの沈黙が降り、和巳と大和は同じタイミングで振り返ると顔を寄せ合った。
 だが内緒話をするにはいささか距離がある。10センチの身長差が忌々しい。和巳は当然のごとく大和の後ろ首を引っ張り、大和は 和巳の肩に手を回す。
 声を落としてひそひそと会話する。

「どうしよ姉ちゃんこの人本気だ」
「大和あんた学校だってよ。転校生ね」
「断れそうに無いね」
「無理でしょうね」
「編入試験とか無いのかな? あったら嫌だ。そもそも無理」
「学力は大丈夫って言ってたし大丈夫なんじゃない?」
「そうだけどさぁー」
「それより私はあの人の目的が気になるわ。どうしてこんな迷惑以外の何者でもない非力な一般市民を?」
「非力云々についてはあとで突っ込むとして、危険なことだったらどうしよう」
「全力で逃げるしかないわね」

 諦めきった和巳の態度に大和はもどかしそうに口を動かした。しかし弟が言葉を形にする前に、和巳はそれを止めた。
 姉として上から言い聞かせるように、ひとつひとつはっきりと言う。

「いい、大和。私たちは無知で無力で非力よ。だからまずは安心して情報を仕入れられる安定した地位が欲しい。わかる?」

 うん、と大和は不承不承うなずいた。

「そのために、この話は受けなくちゃならない」

 今度は少し時間がかかる。それでも大和が返事をするまで和巳は待った。受けなくちゃならない、と大和は復唱した。

「大丈夫。危なくなったら逃げましょう」

 そうだね、と躊躇いがちに返される返事。大丈夫、大丈夫。和巳は何度も繰り返す。気休めでもいい、弟を安心させてやるのも 姉の務めだ。

「お姉ちゃん、昔から鬼ごっこは得意よ?」

 冗談めかして和巳は言った。
 うん、と大和が小さくうなずいた。今までのどの返事より小さな声だった。



「どうしますか?」


 二人の会話に区切りがついたことを雰囲気で察したのだろう。レリアは和やかに尋ねてきた。
 和巳はゆっくりと振り返る。
 ――選択権は、与えられているようで与えられていない。
 レリアも和巳も大和も、そして今ここにはいないクロムでさえ、おそらくそれを分かっている。分かっているからこそ紅白もちは 必死だったのだ。
 彼女の気が変わらない限り、和巳たち姉弟は彼にとって厭う方向にしか動かない。動けない。

「その話し、お受けします」

 覚悟は無い。だが選択権も無い。
 仕方無しに選んだ道だが、しかしそんな弱気を見せたくない。精一杯の虚勢を張ろうと、和巳は出来るだけしっかりとした眼差しで 言い放つ。
 全てを見透かした上でそれを受け入れているようなレリアの微笑み。その双眸は、以前写真で見た地中海に似ていた。
 それでも和巳は強気な態度を崩さない。しっかりと地に足を着き、背筋を伸ばし、レリアの瞳を真っ直ぐに見返す。
 笑顔が標準装備の彼女は、そんな和巳を見てますます笑みを深くする。そしておもむろに、口を開く。

「では、話もまとまった所で行きましょうか」
「何処へ?」
「学園内で発言権の大きい方のところへ行って、許可を貰うだけですよ」

 それはなかなかに、難しいことではないのだろうか。
 嫣然とした笑みを見せるレリアに、このとき初めて不安が少しばかり頭をもたげた。


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お小言
引き続きレリア様。
次はヘルギウスの教師が一人登場。
アダマス、この時点では名前のみ。シラーもまだまだ。