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 昔話をしようか?
 そうだね、そんなに昔じゃないさ。むしろつい最近のことだ。え? 昔話ってのは語弊があるんじゃないかって?
 まぁまぁ、些末なことを気にして本題から逸れるのは本意じゃないだろ? ってことで話を進めよう。
 ホラホラ主役がやってきた。あれだよアレ、あの髪も短衣も白い、生意気で自信家の――。


title/そのころ

 廊下を歩く。足音はしない。
 ここでは決して口に出来ない遠い過去、クロムにとっては大切で捨て難い過ぎ去った日々に獲た技術は多い。これもその一つだ。
 しかしそれで存在そのものを消せるわけがなく、 クロムの白い髪と示し合わせたように同じ色の短衣は、彼が動くたびに揺れてその存在を主張する。
 ただでさえ目立つ髪色に加え、短衣は別の意味を伴ってクロムの姿を学生の間から浮かび上がらせていた。

(……仕方ないのか、これは)

 学生舎の廊下にいるヘルギウスの学生。そのほとんどの視線が自分に向けられているのがはっきりと分かる。
 当然と言えば当然だ。
 この学校において、白い短衣は『特別』を意味するのだから。
 自分が白い短衣を身にまとうことを許されてから約四ヶ月、慣れたとはいえあまり居心地のいいものではない『見世物』状態には 正直辟易する。
 こっそりと、胸中で嘆息した。

「クロ坊!」

 嫌な感じに修飾された自分の名前が聞こえて、クロムはピタリと動きを止める。
 発生源は背後。耳が捉えた音を幻聴だと思いたかったので振り返りはしない。

「無事だったか無事だったか。クロ坊なら大丈夫だろうと踏んでたが、遅かったんで心配したぞー?」

 男にしてはやや高く、道化のようなふざけた口調。誰か分かってしまうほどに近い距離と喋りは幻聴ではない。
 あぁ、嫌な奴に捕まった。
 げんなりした気分で振り返る。こんなことなら周囲の視線を浴び続けている方がまだマシだ。
 彼はどこか飄々とした動きで近付いて来た――もう一人、いや、もう一つの『特別』を身にまとう人間が。

「先輩」

 観念して振り返り、端的な呼称を口にする。
 足を止めたクロムに、もったいぶった、ゆっくりとした動きで彼は片手を上げた。
 茶と橙の混ざった瞳には新しいおもちゃを見つけた悪戯好きの子供の光がある。灰茶の髪は日に焼けておらず、彼が魔術系の人間である ことを示していた。
 少しは外に出て身体を動かせばいい。翌日には筋肉痛で動けなくなるだろう。
 是非そうしていただきたい。一日くらいは姿を見ずにすむはずだ。

「よっ、後輩。アダマス教官、そろそろ戻ってくるらしいぞ」
「いってきます」
「まぁまぁ。待て待て」

 教官が帰っているならちょうどいい、さっさと逃げてしまえ。と再び歩き出そうとした所を止められてしまう。
 相手をしなければならなくなった。教官を待たせるわけには行かない上に非常に面倒だ。
 自然、物言いはつっけんどんで無愛想になる。

「僕に何か」

 後輩の不機嫌さなど意にも返さず、 エレク・トロイはにやにやと人を喰った笑みを貼り付けてクロムの肩に腕を回した。
 彼が身に着けているのは黒い長衣。クロムとは真逆の、一切の色の介入を許さない黒と、引きずるほど長い『特別』の証。

「今回の獣、どうだった?」
「……風との過剰反応による暴走かと」
「そっかそっか。ならお前が行ってちょうど良かったってことだ。うん。原型はなんだった?」
「知りません」
「冷てぇの。なんだよー、一応は先輩だぜ?」
「知ってます」

 『獣』とは、自然に生まれた動物と自然を司る精霊とがなんらかに作用しあって産まれる異形を指して使う言葉だ。 時に人を襲い、またある時は森に住まう動物を意味なく襲う。
 はた迷惑な存在だが、最近は出没する回数が減少しつつあり、精霊の力が弱まっているだとかで問題視されている。
 居ても居なくても、世のためにならないイキモノだ。

「不機嫌だな、我が後輩」
「えぇ、僕は早く教官の元へ報告に行きたいので」

 クロムにとってアダマスを待たせたり迷惑をかけたりするのは最も避けなければならない行動の一つだ。 誰だって、尊敬する人間に呆れられたくはないだろう。
 それに、他学年とはいえ『魔術特待生』の姿を目にするのは気持ちのいいものではない。
 クロムはそっと、魔術特待生の証である黒い長衣から目を逸らした。
 ヘルギウスには四年生以降、『魔術』『武術』それぞれに秀でた人間が 学年ごとに一人ずつ選ばれ、前者は黒い長衣、後者は白い短衣を与えられる。

 二柱は対を成す者。相棒。パートナー。

(でも、僕には居ない)

「いやな、このオレだってクロムのことを信じてなかったわけじゃないぜ。でも、お前は一人だろ?」

 なんて嫌味な人間だと胸中で毒づく。口には出さなかったが態度には出ていたかもしれない。それでもエレクが離れる気配はまったくない。
 そう、クロムは一人だ。
 今年の四年には、黒い長衣を許された人間はいない。
 このふざけた態度の先輩にだって、相棒の武術特待生がいるのだ。

「弱いのは足手まといです」
「はっきり言うなよ。他の後輩が哀れじゃん」

 いまだ肩に手を回したままのエレクに気付かれぬよう、軽く唇を噛んだ。
 今年の四年――クロムの学年からは、魔術特待生が選ばれていない。理由も皆が知っている。
 この由々しき事態に学校全体の会議があったという噂が流れていたが、真偽の程は定かではない。

「まぁ、今までのレベルを考えたら居ないことはないんだろーけど」

 ちら、と先輩特待生は視線をよこす。何が含まれているかなんて、十分すぎるほど理解していた。

「僕の責任ではありませんよ」

 しれっとした態度で言い切った。
 エレクの後輩、黒い長衣を許された人間がいない理由。

「才能ですから」

 簡単な話だ。
 武術特待生のクロムが魔術でも学年首位という、それだけの。
 シンプルで誰もが納得する、簡単な話だ。

「それもそうだな」

 武術は訓練しだいである程度どうにかなるが、魔術は遺伝的要因や才能に左右される。
 クロムの学年には、彼を凌ぐほどの才能や素質を持つ人間が居なかった。だからもう一人の特待生が選ばれていない。
 それは決して誰かに責任を求められるものではなく、ただ単に運と時期が悪かっただけだ。

(だが、空席のままでは何かと問題がある)

 そうなると一体誰がその地位を手に入れるのだろう。苦々しい気持ちが胸に広がる。
 誰が黒い長衣を得ても、クロムより実力が劣ることは間違いないのに?
 険しい表情の後輩を見て、先輩面したエレクが励ますように明るい声を出した。

「初の特待生兼任候補者が、そんなしけた顔するもんじゃないって。なっ?」

 特待生兼任。それがどんなに甘美な響きか、実際に手に出来る位置に立つ身では十分すぎるほど理解できる。
 しかし現実には起こり得ない奇跡だ。
 頭を掠めたもう一人の教官の顔に苛立ちを覚える。

「……シラー教官が認めるはず無いでしょう」
「そう言われたのか?」
「……先日」

 クロムは少し言いにくそうに口を開いた。
 エレクは魔術特待生だ。武術特待生のクロムが武術顧問のアダマスを慕うように、彼が魔術顧問のシラーを慕っていないとは限らない。 あの教官が生徒の人気を得ているとは考えにくいが。
 名指しで教官室に来いと呼ばれて、いよいよ観念したかと思えば「お前が魔術特待生になることはない」と、ただそれだけを宣言 しやがって――訂正、宣言して、話は終わった。屈辱だ。

「そーかー。直接かー。そりゃ無理だ。残念だったな」

 本音四割、面白さ三割、無関心二割でエレクはクロムの背中を軽く叩き、慰めた。あとの一割は悪戯心。
 それで諦められるほど、クロムの性格が淡白なはずは無いと知っているだろうに。
 寄る眉根を隠そうともせず、回されたエレクの腕を邪険に払った。

「別に。たとえ他の生徒が選ばれたとしても、僕以上の使い手が今のところいない事実に変わりはありません」
「自信あるなぁ、お前」
「現実的なだけです」

 エレクは少し呆れた様子だったが、それが事実である以上否定はしない。
 今年の四年生の『魔術特待生』の席が空いたままなのは、ひとえにそれが理由だからである。
 あまりにもクロムが突出しすぎるから、他の生徒が霞むのだ。

「よぉーし、オレが予測してやろうか? お前の相棒」
「結構です」

 どうせろくなことじゃないと、即行で断ったにもかかわらずエレクの口が止まる気配は全くない。

「まぁま、そう冷たいことは言いなさんな。オレが思うに、おそらく」

 エレクは意味もなく声を潜め、顔を近づけてまるで秘め事のように仰々しく告げた。

「ダークホース、だな」

 クロムは発された言葉の意味をしばし考え、固まる。

「は?」
「いきなり現れるってパターンだ。それしかないだろ、今年の四年は」

 確かに。

(はっ……駄目だ駄目だ、いくら先輩といえど頭から信じては)

 納得しかけてしまった自分がいるのにクロムは気付き、慌てて否定する。
 そんなことは自身が一番理解していることであり、 この学年にクロムの実力と見合うだけの魔術師などいないと既に諦めきっているのが現状ではないか。
 現れるとしてもせいぜい他の人間よりマシ、という程度でしかないだろう。
 あれだけ前置きするものだから何か凄い考えでもあるのかと、一瞬でも期待した自分が恥ずかしい。
 心中で悪態をついて舌打ちしていると、まだ近い位置にいたエレクがいきなり背後に消えた。

「……エレク、いい加減にしないと私の拳が主席という立派な称号を冠するその頭に飛ぶぞ」

 聞き覚えのある物騒な台詞に身体を反転させれば、背中から思いっきり締め付けられているエレクと、締め付けている女子生徒。
 薄桃色の吊り上った瞳に薄青色の髪の毛を肩まで垂らし、白い短衣を羽織っている。 黙っていれば美少女に見えないこともない顔は、額に浮いた青筋で見事台無しだ。
 クロムと同じ形の短衣だが、嫌味のない金色でシンプルな刺繍が施してありデザインが若干異なっている。
 ロサ・クォーツ。
 クロムの二学年先輩でクロムと同じ武術特待生。そして何より、エレクのパートナー。
 相棒の出現にエレクは息苦しそうな顔をしながら、それでも口の動きは止まらない。

「長い前口上どうもありがとうマイハニー。君に触れられることは幸せなんだけど、襟首を掴むこの腕を放してくれないかな?」
「私に対する呼称を変えた上で一発殴らせてくれたらな」
「そんなところも可愛いよ永遠の相棒。でも痛いのは個人的に嫌いだ」
「利き腕は避けてやる」
「なぁ、殴るだけから骨折にレベルアップしてない?」
「さすが魔術特待生と主席の兼任者。頭のほうもよろしいようで」

 ロサとテンポの良い会話をするエレクはとてつもなく楽しそうだ。
 逆にエレクの軽口に付き合わされるロサは心底嫌そうだ。
 彼女はギリギリと関節を極めながらクロムの方に向いた。

「クロム」
「はい」

 自然な動作で背筋を伸ばし、名前を呼んだロサの目を真っ直ぐに見る。

「この馬鹿の相手、ご苦労だった。ついでに感謝する」
「はい」

 クロムは先輩の謝辞に素直に返す。
 エレクを『この馬鹿』と呼んだことについては何も突っ込まない。苦労したことも否定しない(全て事実なので)。
 ロサの声は凛としてよく響く。レリアの声も柔らかいながらに凛々しい印象を与えるが、 彼女の声は真ん中に一本芯の通った、心地よく冷えた声音。
 他人と関わることなど面倒以外の何物でもない、まして褒めるなど滅多にしないクロムだが、ロサは実力のある人間でなおかつ先輩だ。
 同じ白い短衣を、武術特待生としての先輩。
 エレクとは距離が違う。

「アダマス教官が戻られた。お前の話を聞きたいそうだから、早く行ってやれ」
「では」

 返事と挨拶を一言で済ましさっさと歩き出したクロムに、エレクは呆れロサは肯いた。
 武術特待生は総じて顧問のアダマスを尊敬している。白を身に付ける以上、これは当然の反応だ。

「お前たちってさ、本当にアダマス教官大好きよな」

 続く悲鳴を聴覚から遮断して、白い短衣を揺らしながらクロムは早足でその場を去った。


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お小言
 出す予定のなかった先輩まで出してしまった……。
 名前がまだ決まっていなかったのに、この話のおかげで決まった。
 これからしばらく、クロム君は出てきません(予定は未定)。