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 煙立つ湯気からはほのかに甘い香り。
 白磁のティーポットから注がれる茶色の液体が向かう先は、陶器のティーカップ。
 ビーカーでないことに落胆を覚えた。アレは一度経験したい。白衣だから期待してたのに。


title/策士と午後の紅茶


 あれからまたよくわからない道のりを経て、和巳たちはこれまたやはりよくわからない部屋で一つの円卓を囲んでいた。
 ……この円卓、午後の紅茶が似合いそうな具合に英国風だ。
 白く滑らかなデザインは好印象だが、なにせ色が紅白もちを彷彿とさせて腹が立つ。

(次会ったら絶対言い負かす。絶対負かす)

 こっそりがっつりと胸中で決意を固める和巳をよそに、レリアはてきぱきと手馴れた様子で準備をしていた。
 それが何なのか和巳でも理解できる。西洋風の茶器だ。

「どうぞ」

 優美な動作でレリアは紅茶を二人に薦めた。「ありがとうございます」と和巳は大人しくカップを手に取る。
 香りで種類を判別できるほどお茶に通じていないが、少なくとも日本茶でないのはわかった。
 隣に座る弟は少し時間を置いてカップを持ち上げ、匂いをかぐと手をつけずにソーサーに戻した。
 表情が冴えない。当然か。大和は紅茶が苦手だ。
 レリアは組んだ手の上に顎を乗せ、微笑みながらその様子を眺めていた。

「あの……」
「はい、なんですか?」

 沈黙に耐えかねて口を開いたはいいが、言葉が続かない。何か言わなければと焦った和巳は卓の中心に置かれたお茶請けを指差した。

「食べてもいいですか?」
「えぇ、もちろん」

 答えが返ってくると同時に手が伸びた。もちろん和巳の手ではない。
 間を置かずに伸びる手と減っていくお茶請け。
 水色の目を丸くするレリアに、和巳は自分の顔が熱くなるのを感じた。
 お茶請けのクッキー(だと思う)は半分以上減っている。育ち盛りは厄介だ。

「大和」
「ん」
「……大和?」
「……はい」

 軽く(強く)足を小突き(踏み)ながら呼びかけると、ようやくハイスピードでお茶請けと口を移動していた手が止まる。
 しゅん、と背を丸める姿は小学生のころから成長していないように見えて実はしていることを和巳は知っていた。
 例えば膝の上に置かれた手は随分と子供っぽさが抜けて骨っぽくなってきたし、 今は丸められた背だって、姿勢を正せばスラリとした印象を与える。
 中学入学と同時に身長を抜かれて騒いだことを、和巳は今でも覚えていた。多分忘れない。

「お二人はこの国について何もご存じないんですよね」
「はい」「ええ」

 姉弟が仲良く肯定するのを見て、レリアは口を開く。

「ではまず、この国についてお話しましょう。ここはラトラナジュ王国。現在の王朝はグラナトム朝。三公家が一つサリエ家の血が濃い家系 ではありますが、なにせ今の王朝が始まって随分と経ちます。サリエは他の公家と同程度、いえ、数年前に起きた謀反騒ぎでそれ以下の 地位になります」

 スラスラと自国について語る彼女は、その格好と相まってまるで教師のようだ。
 政治や血筋の話をされてもさっぱりだが、軽く聞き流しても相手に失礼だろう。キーワードだけでも脳内にとどめる努力をする。
 ラトラナジュ王国、三公家。サリエ。

「他国と比べ歴史が古く、国土は広くもなければ狭くもない。始祖が遊牧民族だったために戦闘能力は近隣諸国内では高い方です。 しかし十五年近く前に大きな戦乱があって以降、戦争、内戦、その他もろもろの戦は沈静化したままです。平たく言えば平和ですね」

 それは重畳。
 紅茶を口に含みながら胸をなでおろす。 和巳の脳内で繰り広げられていた地獄絵図的な戦場映画はレリアの言葉とともに上映が停止した。
 戦争も内戦も、平和な生活しか送っていない人間には映画の中の出来事と同じだ。
 同じ人間が武器を取り合い傷つけ合うなど、信じられない。

「隣国ラナイツァーとの関係はいまだ険悪なものですが、それも時間の問題でしょう。現王はとても素晴らしく腕の立つ外交官を臣下に お持ちなので、年内には同盟にかぎつけるはずです」

 腕の立つ外交官、という物言いに若干引っかかるものを感じたが、続く言葉にそんなものはすぐ忘れてしまった。

「そしてここは、そんな王――陛下や、それに連なる王族たちを守る騎士、一般には王宮騎士と呼ばれる精鋭を育てる教育施設です」

 騎士……今日一日、いやこの数時間でその単語を何度聞いただろう。

「おうきゅう、きし。ですか」
「騎士の最高峰ですよ。誰もが憧れる役職です」

 誰もが憧れる――少しだけ分かる気がした。
 騎士というからには男性がなるものだろうと漠然と思ったが、正義の味方を夢見る 少年少女時代を持つ人間は多い。和巳とて例外ではない。
 隣の大和を横目で見やると、首をかしげてレリアの話を聞いていた。
 そういえば、小さい頃から大和は妙な感性の持ち主で、戦隊モノでもメイン五人組より武器を作ったりするキャラクタを好きになったり する子供だった。
 男子に混じって外を駆け回っていた和巳のほうが、騎士という役職に魅力を感じるのかもしれない。

(まぁ、今の希望は学者だけど)

 ちびちびと紅茶を口に含む。
 美味だ。

「もちろん、この学校を卒業したからといって王宮騎士への道が確約されたわけではありません。しかし、一番の近道であることは確か です」

 日本で言うならなんだろうか。和巳は様々な大学や専門学校を思い浮かべたがどれもしっくり来ない。要するにエリート校なのだと いうことは理解できたが。
 こんなことなら希望校以外にも多少は知識として知っておけば良かった。
 少しの後悔が頭をもたげてきたが、誰がこんなことを予想できたというのだ。 ただでさえファンタジーは苦手分野だというのに。

「今私たちがいるのは研究院といい、あなた方が先ほど会ったクロム君たち学生の学び舎とは区別されます。研究というのはあまり世間に 知られていない分野なのであとで説明しましょう。もちろん」

 レリアは一度、嫌な感じに区切ると、


「実施で」


 爽やかな笑顔で約束してくれた。今まで見たどの笑顔よりキラキラと輝かしい笑みだった。
 その約束が果たされる日は来なくていい、と和巳が心の中で願っていると、レリアは表情を改めた。
 笑顔は消えたがあくまでやわらかく、無害だと主張するような優しい顔。
 和巳は空になったカップをソーサーに置き、心持ち身構えながらレリアを真っ直ぐ見返した。
 ここから始まるのは、駆け引きだ。

「和巳さんに大和君。お二人は、どうしてヘルギウスに?」

 それは誰より何より二人が知りたかったことだ。和巳と大和は目を見合わせ、肯きあう。
 正直に、目が覚めたら森の中に倒れていたことや、その後の経緯を大まかに話した。
 レリアは考えを咀嚼するように少しだけ間合いを取り「そうですか」とだけ呟いた。 彼女が全て信じたとは到底思えなかったが、少なくとも無害だとは思われているらしい。理由は見当も付かないが。

「あの、どうして俺たちのこと、馬鹿にしたりしないんですか?」

 とうとう耐え切れなくなったらしい大和がそう尋ねた。
 レリアは相変わらずの笑みだ。彼女の笑みには華がある。点描や花の類が飛びそうである。

「あなた方には無理強いをしてしまいましたからね。こちらが先に誠意を見せるべきだと思ったまでですよ」

 嫣然と言い切ったが、油断してはいけない。彼女は既に、和巳たちの退路を断っているのだ。
 逃げない獲物は、じっくりゆっくり、確実に我が物に。怖い人である。
 そんな怖い人に付いていくしかない自分が不甲斐なくて悔しいが、仕方ないと諦める自分が一番不甲斐なくて悔しくて情けない。

(私が、大和を守らなきゃ)

 無骨な掌、伸びた上背。弟は成長した。
 それでも弟は弟だ。和巳が姉なら、守るのは当然。
 考えろ、そして冷静になれ。
 膝の上に乗せた両拳を握り締めながら、繰り返し自己暗示をかける。

(余計なことは考えなくていい。今、この場で、必要なことを考える)

 冷静になれ、そして考えろ。
 自分が今、何をすべきなのか。

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お小言
 和巳さんが少しばかり追い詰められています。
 次のお話は視点が大和君です。
 はてさて、初回から登場しながら影の薄かった弟君の活躍はいかに。