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「さて、当面の予定は立ちましたし、あなた方の話を伺いましょうか」

 髪をかき上げながら、レリアは水色の瞳を細くした。白衣の袖口に隠れていた手首がチラリと覗いて、はめられている腕輪が姿を 現す。
 銀色のシンプルなデザイン。一つだけ小さな石がはめ込まれていて、淡く光っているように見えた。


title/高柳大和 職業、弟。


 ぼぅ、と大和はレリアの手首で光る不思議な色合いの石を見つめていた。
 中学二年の男子らしく、大和は宝石などについて全くと言っていいほど知識がない。せいぜい、ダイヤモンドが硬いって事くらい。
 世の中あんなもんがあるんだなぁ。初めて知ったや、オレ。
 クッキーばかり食べていたせいで喉が渇いたが、紅茶に手をつける気にはなれなかった。お茶は緑茶か烏龍茶しか飲めない。

「ですから、学費は免除制度がありますし問題は有りません」
「その免除制度というのは特待生や奨学生のようなものですか?」
「後者に当たると思います。前者はもう少し『特別』な生徒ですから」

 知らないうちに話は進んでいたようだ。

(わ、やばい。ぜんぜん聞いてない)

 慌てて耳を傾けると、今度はレリアから和巳に対しての質問が続いていた。

「和巳さんの故郷はどんなところか伺ってもよろしいかしら。出来れば、政治について」
「民主主義国です。貴族のような人は存在しますが、政治的な発言力は制限されています」
「それなら、貴族が存在する意味がないのでは?」
「国民の象徴、だそうです……すいません、社会科はあんまり得意じゃなくて」

 後半の台詞を和巳は苦々しく口にした。
 姉は極端な理数系だ。古典文学を目にして「こんなものは日本語じゃない」と嫌そうな顔をする。
 逆に大和は計算が大の苦手で古典は好きだ。数式と違ってなんとなく意味が分かるから。

「和巳さんはきちんとした学校に通ってらっしゃるんですね」
「弟のような義務教育を卒業したあとは、私のように高校に通う子供がほとんどです」

 横で見ている大和が心配になるくらい、姉は素直に答えていく。
 そんなにぺらぺらと喋ってしまったら、怪しまれるだけなんじゃないか。
 冷や冷や、いらいら、どきどき。
 渦巻く複数の感情に戸惑いながら、いまだ口を挟めない大和はただお茶請けをじっと見つめた。

「大和さんはお飲みにならないんですか?」

 お茶に全く手をつけようとしない大和を不思議に思ったのか気遣ったのか、レリアが尋ねてくる。
 う、あ、と大和は答えに詰まってしまう。用意してもらっておきながら「飲めません」などと言えるほど彼は図太くなかった。
 見かねた姉が横から申し訳なさそうに助け舟を出してくれなければ、無理をしてでも飲んだかもしれない。

「弟はあまりお茶が得意ではないんです。なにか、味を調えるものはありますか?」
「そうですね、たしか砂糖が……少し待っていてくださいね」

 椅子を引いて席を立つレリア。その姿が扉のないドアをくぐるのを見届けて、大和は姉に小声で話しかける。

「あのさ、姉ちゃん」
「砂糖入れたら一口でもいいから飲みなさいよ」

 そうじゃなくて、と若干声を強める。
 眉をしかめられても無視だ、無視。大和にだって引き下がれないものはある。

「ちょっとはさ、嘘をつくとか、隠すとかしないの?」
「嫌よ。嘘だなんて後々面倒ごとになるだけじゃない」

「――お待たせしました」

 ありがとうございます、と丁寧に頭を下げる姉の姿を目にして、大和もつられて頭を下げる。
 アリガトウゴザイマス。硬い声だった。

 大和、お砂糖いくつ?
 姉ちゃんの好きなだけどーぞ。

 砂糖を引き寄せるとき、和巳の手が少し滑って砂糖入れをひっくり返しそうになった。
 大丈夫ですか、と優しく問いかけながらレリアも席に着く。

「この国の人間があなたたちの国を知らないのは有り得ることですが、お二人の国もやはりラトラナジュを知らない理由を伺っても?」
「あぁ、それは――」

 大和は焦った。素直に答えるようなら、自分たちはおそらく違う世界から来たというしかない。
 誘拐されて連れてこられるよりも、異世界から来るほうが確率として低いのはいくら数学が苦手な大和にでも理解できた。
 今ここで、レリアという命綱を失うわけにはいかない。「おかしい人間」と思われるのは避けなければいけない。
 そう考えると、大和の口は自然と動いていた。

「あまり他国との関わりが、ないんです」
「そうなんですか?」

 驚いた反応をみせるレリアは、俄然その話に興味を持ったらしかった。
 口からでまかせの話に乗られても正直困る。
 一瞬でパニックになった大和に姉は余計なことを、と言いたげな表情はしなかったが嫌がらせのように ティーカップに砂糖を入れている所を見ると相当怒っている様子だ。
 それでも顔はきちんとレリアに向き、大和の発言を肯定した。

「鎖国状態、なんです。とはいっても最近は随分緩和されましたし、金さえ積めば国外へ旅行にもいけます」
「厳しいんですね」
「それが私たちにとっては普通でしたからよく分かりません」

 少し困った風に笑う姉。
 いつから演技派になったんだ。

「では、他国のことはあまり知らない、と?」
「近隣でしたら情報がごまんとありますよ。ただ、その向こうについては全く」

 ゆるゆると首を振るその気弱そうな態度は、本当に『何も知らなくてごめんなさい』オーラを撒き散らす。

「私たちは隣国のことを色んな名前で呼びますが、少なくともこの国と同じ大陸にはありません」
「何故そう考えるんですか?」
「文化が違いすぎます。でも私たちはこんな建物を知識として知っています」

 何を言いたいのかがわからず、レリアも大和も怪訝な顔をする。

「遠い異国のおとぎ話や、諸国を放浪したという人が描いた絵で見たことがあるからです」
「なるほど、その人たちが教えてくれたんですね?」
「彼らは口をそろえて、海の向こう側にそれがあったと言います。だから同じ大陸ではないと思います」

 ……確かに、島国である以上異国の風景を見るには海を渡る必要がある。それが船だろうと、飛行機だろうと同じこと。

「ですが、他国の情報がそれだけあるなら、行きたいと願う人も多いのではないですか」
「そうですね。私だって、一度くらい見てみたいです。でもお金が必要ですし、ちょっとした旅行ならまだしも国を出たいと考えるのは 本当に一部の人間だけです。日本は物質的にとても豊かですから」
「それは近隣国と比べて、という意味ですよね」
「えぇ」
「例えば、それはどんな風に?」

 和巳はしばらくの間考え込んでいたが、再び困ったように笑った。

「なにをもって豊かとするのかの基準をなんとすればよいのか分からないので……すいません、その質問には答えられません」
「あなた方が思う自国の『豊か』な部分でかまいませんよ」

 変なところで食い下がるレリアに、大和は頭を抱えたくなった。
 今の流れは全体的に自分が悪い。なにか答えないと。

「食べ物に困らないとか、家電が一通り揃ってる、とかだと思います」
「和巳さんは?」
「大体同じようなものです。洗濯機、冷蔵庫、テレビくらいはどこの家庭にもあると考えていいですから」
「テレビは二、三台が普通なんですけど」
「一台で十分よ」
「リビングでしかゲームできないオレの苦労を分かってよ」
「知らないわよそんなもの」

 レリアには理解できないだろう話で、冗談みたいに姉弟の会話をして、全てがうやむやになってしまえばいいと思った。
 そうやって自分の失敗が無に返ればいいと心の底から望んだ。
 だが、人生そう上手くはいかないらしい。
 レリアはにこやかに、あくまでにこやかな笑みを絶やさずゆっくりと二人に指摘した。

「――ところで、先ほどから一体何に怯えているんですか?」
「――!」

 大和も和巳も肩が跳ねる。
 ゲーム云々のくだりで完全に気を抜いていただけに、レリアの核心を突く一言はよく効いた。
 やっぱり自分は、余計なことしかしていないのだろうか。
 冷や冷や、いらいら、どきどき。

「実は……私の国では、許可なく他国に出入りすることはとても重い罪なんです」
「罪、ですか。となると、何か罰則でも?」

 今回も場を取り繕ったのは、姉の発言だった。

「罰則については良く知りません。ただ漠然と罪になると言う事は分かります。旅券がなくてはいけないんです」
「旅券?」
「えぇ……」

 テーブルの下で足を踏まれる。非難の目を向ければ、姉の瞳がこう言った。
 大和、パス。社会科はあんたの分野よ。

「あ、えっと……パスポートって言います。申請するには確か……代金、戸籍謄本、住民票とかが必要で、それを全部用意して 持っていって、国の許可が下りないとパスポートはもらえません」

 たどたどしくも以前社会の先生が授業中に喋っていた内容を記憶から引っ張り出して紡いでいく。

「大変なんですね」
「はい。不法入国は大罪です。だから、その……私たち、怖いんです」

 姉はあえて言いよどんだ。

「知らないうちにここに居たとはいえ、罪に問われたりはしないだろうかって」

 下を向きながら不安を口にする和巳。それはもちろんのこと嘘で、姉が心配しているのはむしろここで罪に問われないかどうかだ。
 しかし和巳の一言に、空気が変わるのを大和は感じた。

「……あなたたちは、自分の国に帰ることが出来ないんですか?」

 レリアの真剣な声音。それはほんの一瞬だったが、彼女の態度が変化したのはたしかだ。
 隣で対面している姉も気付いたはずだが、そんな気配はおくびも出さずに会話を続ける。

「事情を説明すれば何とかなるかもしれません。少なくとも、私たちにはなんらやましいところは無いですから」
「なら、平気でしょう。問題はここから日本という国へ帰れるかどうかですね」
「そうですね……大丈夫ですよね。すいません、突然のことで色々悪い方向に考えてしまって」

 頬に垂れた髪の毛を耳にかける動きは、安心したような無理やり納得したようなものだった。
 そんな和巳にレリアは憐憫の目を向ける。

「では、お二人も混乱していることでしょうし、一度私の家へ行きましょうか」

 はい、と姉は静かに返事をして、大和もつられて肯いた。





 帰る準備があるから少し待っていてください、と室内へ戻ったレリアを二人は待っていた。
 あと数分もすればこの中庭へ帰ってくるだろう。
 心地よい風が緑を揺らしていた。

「ほら、大和」
「え……あ、うん」

 差し出されたティーカップ(十杯以上砂糖を入れた例のやつだ)を大人しく受け取り、見つめる。液体はどろっとしていた。
 このまま余計なことは何もしなくていい、という臆病で怠惰な自分と、このままでは駄目だと主張する意地っ張りな自分がいる。
 いったい、どちらが正しいのだろう。
 嘘は嘘で塗り固められる。だからこそ姉は『嘘』を決して吐こうとしなかったのだ。煙に巻こうとは、していたのかもしれないけれど。
 手元のティーカップに映る自分の顔を眺めた。半濁の液体に歪んで映る顔は、滑稽で頼りなくて、でも笑えなかった。

「……大和」

 呼びかけられて振り返ると、和巳はティーカップを両手に抱えて深刻そうにどこかを睨んでいた。

「あのね」
「うん?」
「あの人の狙いが何かはわからないけど、まずは帰ることを考えましょ」

 カチャン、とカップをソーサーに置く音が響く。
 そのとき大和は、とても驚いた。
 和巳はすぐに手を膝元へ戻してしまったのでよく見えなかったが、手が震えていたように映ったのは……間違いない。
 注視してみれば、先ほどまで口をつけていたカップの中身はからっぽで、 もしかしたら随分前に飲み干してしまっていたのかもしれなかった。
 いつもより血色の悪い顔色、いつもより早口の言葉、いつもより余裕のない動き。
 あぁ、そうだった。
 姉も大和と同じ状況で、同じくらいにびっくりして、本当は慌てて焦っているはずなんだ。

「……姉ちゃん」
「なに」
「この紅茶、オレにも飲めるかな?」

 和巳はきょとんと気の抜けた表情で大和を見返て、すぐに顔をゆがめた。
 何だか少し、泣きそうな笑顔だった。

「姉ちゃんが知るわけないでしょ」

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お小言
 お待たせしました。い、一ヶ月以上あいてる……!!
 ごめんなさい本当にごめんなさい。大和君は活躍していません。
 次回、レリア様が根掘り葉掘り聞いた意図が明かされます(予定は未定)