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 一人の夜が嫌いだった。嫌なことばかり思い出す。
 親しい人が死んだとき、親しい人と別れたとき、親しい人に裏切られたとき。


title/真実? 策略? そして疑念。


 夜ももうだいぶ更けた頃合。レリアは突然訪ねてきた客をもてなすため、自宅に用意してある茶器を手にしていた。
 全てを家主であるレリアの趣味でそろえた調度品で飾られた居間は、特別華美ではないが質素でもない。 装飾品や庭の景色に気を遣ってしまうのは生まれのせいだろうと自分では考えていた。
 慣れた手つきで紅茶を淹れつつ、レリアの正面に座る青年をそれとなく窺う。
 これからやること――書類だとかの改竄や作成――を考えれば、できるだけ早く床に付きたかったのだが、 非常識な客はそれを許してくれなかった。

「こんな時間に女性を訪ねるなんて、いくら貴方でも言い訳できませんよ?」
「……」

 卓を挟んだ向こう側、ろうそくの灯りで照らされた銀髪銀眼の青年は レリアの皮肉に口元が反応しかけたが、岩のように固く閉じられた唇は結局そのままであった。

「どうぞ」

 七部目までお茶を注いだティーカップを差し出す。
 のぼる湯気の向こうには見知った顔が、渋面を作ってレリアを見ていた。
 座れば床につきそうなほど長い銀髪は太陽の光の下では本来の色である薄い水色をしており、瞳も同色である。氷のように 凍てついた色でありながら、彼を冷徹と評する人間はいないなかった。
 衣服の上からでも鍛え抜かれていると分かる、長身で筋肉質の身体。
 それでいて暑苦しさやむさくるしさを感じさせないすっきりとした顔立ちは、どこか貴族的な雰囲気をかもし出す。
 切れ長の眼は冷たい色とあいまって鋭い印象を与えるが、瞳の奥にうかがえる怒りの炎は熱い。
 彼がレリアをこんな夜半に訪ねてきた理由は明白だ。

「アダマス教官」
「……」

 レリアから声をかけても、コツ、コツ、と指でテーブルを叩く音がむなしく響くばかり。 小刻みに繰り返されるそれは彼の不満を表している。
 レリアは黙って自身で用意したお茶を口元に運んだ。
 ラナイツァー産茶葉を使用したお茶は苦味が強く、好むのはレリアと助手の少女くらいなものである。 ほとんどの人間が砂糖を入れて飲むのだが、甘味料を入れるのは彼のプライドを傷つけるらしい。
 かといって無理に飲み下すこともできないため、お茶はどんどん冷えていく。
 無論、いまだ一定のリズムで卓を叩き続ける彼が不機嫌な理由はそんなものではない。
 折れる様子が皆無の青年に向かって、レリアは呆れ交じりの溜め息を吐きながら仕方なしに口を開く。

「言いたいことがあるならはっきり口にしたらどうです」

 自分には心当たりも落ち度も無い、と言わんばかりの不遜な態度に青年はただでさえ細い目をさらに険しくさせてレリアを睨んだ。

「俺が何を言いたいのか分からないか?」

 低く地を這う威圧感のある声で、彼――王宮騎士育成特別上級学校武術顧問、アダマス・サリエは問いかけた。

「アダマス教官、生憎と私と貴方の付き合いは研究院設立以来ですからね。つうかあとまでは 行きませんよ」

 冷たい声もなんのその、 しれっとした態度で『表向き』の話をしてやると、アダマスはより一層眉間のしわを険しくさせる。だがそれも一瞬のことで、 すぐにそれまで浅く腰掛けていた椅子に深く座りなおした。
 本腰を入れて話をする気になったらしい。
 ごほん、とわざとらしい咳払い。
 こうして一拍挟まなければ反応を返せない彼のことを、レリアは幼い頃から知っている。

「アルテミス女史」
「なにかしら、ダリィ?」

 レリアに合わせて『表向き』の呼び方をしたとたん手のひらを返したように普段通り呼ぶと、アダマスは 拳で卓を叩いて叫んだ。

「妙な名前で呼ぶんじゃないっ」
「あら、それはお互い様でしょう」

 心なしか顔が赤く染まり、健康的な歯をギリギリと音がしそうなほどに噛み締める。
 叩き付けた拳も若干震えているようだ。
 わなわなと唇を震えさせながらも、必死に自制心を働かせているのだろう。ゆっくりと、一音一音を確認するように言葉を紡いだ。

「……今回は、一体どこから引き抜いてきた」
「さぁ、何の話かしら?」
「マリア!」

 鋭い叱責が飛ぶも、アダマスはすぐに自分の失言に気づいて声を詰まらせた。
 この手の失敗を何度しても、彼の癖は直らない。
 気まずげに降りた沈黙のなか、一人自己嫌悪に陥っているアダマスを哀れに思い今度もレリアが折れてやる。

「いったいどこで情報を仕入れたんですか? まぁ、あなたの情報源などとうに割れていますが」
「クレイオ教諭が嬉々として教えてくださったんだ!」
「なにせあなたの生徒になる子供ですからね」
「?」

 当然のごとく言ったレリアに対し、アダマスは不信感をあらわにした。

「大和君にはクロム君と同じクラスになってもらいます。事情を知る人間がいたほうが、なにかと生活しやすいでしょうし」

 ぐっ、とアダマスの眉間にしわが寄り、不快げに歪められた。

「……クロムに、監視役をさせるのか」
「監視役だなんてとんでもない。私は彼らに友達になってほしいのですよ」

 アダマスは疑うようなまなざしを向けてくるが、痛くも痒くもないといわんばかりに無視する。
 自分の発言が信用できないことなど、レリアが一番良く知っているのだ。
 詰問はまだ続く。

「どういう関係なんだ」
「拾いました」
「アルテミス女史!」

 簡潔に答えてやると、アダマスは腰を浮かして声を荒げた。顔に青筋が浮かんでいるようだが、 いつものことなので気にしない。
 レリアはただ、この青年の血圧を少しだけ心配した。

「これで何度目だと思ってる! 人間は犬猫じゃないんだぞ!?」
「動物は役に立ちませんから拾いません」

 小さい頃から捨てられた小動物を拾ってきたのはどこの誰ですか、と 付け加えてやると、心当たりのあるアダマスは言葉を詰まらせ身を引いた。
 全面的に弱みを握っている、年上というのは便利なものだ。
 そんな言葉も、三十路を過ぎればただの悪あがきにしか聞こえないのだが。

「し、しかし……」

 視線をそらしながらも必死になって言葉を紡ごうとするアダマス。 言い返そうとするその努力は認めてやらないこともない。が。
 レリアは昔からの十八番(オハコ)であるとびきりの笑顔を作ってみせた。

「見つかって叱られそうになったところを助けてあげたのは、どこの誰でしたっけ?」

 ぐ、と息を詰まらせて今度こそアダマスは押し黙る。
 不本意だ、という表情を隠そうともせず顔面に貼り付け、荒々しく椅子に腰を落ち着けた。
 彼が落ち着かないと会話は再開しないので、レリアは黙って紅茶に口をつける。

「……で、お前が引き込んだ二人はどんな子供なんだ」

 抵抗するのは諦めたらしく、姉弟について尋ねられた。教師としても、編入生は気になるのだろう。
 なるべく客観的になるよう注意しながら、レリアは記憶を引っ張り出しつつ言葉にする。

「あなたの生徒になる弟のほうは、とにかく強い魔力を感じます。 クロム君がはっきり感知できていなかったところを見ると、おそらく水でしょうね」
「クロムが感知できないのなら、さして強いとは言えないんじゃないのか?」

 これだから素人は、と思わずにいられないが口にはしなかった。
 この国で魔術に対する知識を持つ人間は、魔術を使う人間の数に比べて極端に少ない。

「彼は高い魔力の保持者ですが、あくまでその力は『火』という『攻撃性』に富んでいます。 『感知』や『判別』は『風』の範囲ですよ」
「そういうものなのか?」

 よくわからない、といった様子で首をかしげる姿はとても二十代後半には見えない。魔術や精霊に関する知識が新鮮なのだ。
 一度、彼の生徒たちにも講義をしてやるべきだろうか。今度シラー教官にでも持ちかけてみよう。

「あなたはなまじ魔力や感応力を持っている分、こういうことに疎いんですから…… その通り。魔導、ひいては魔術の研究を主体にしている私が断言しているのですから 間違いありません」

 レリアの言をなかなか信用しようとしない同僚に、一応ではあるが念押しをしておいた。
 近々嫌でも会うことになるんですから自分で確かめればいいでしょう? と付け加えて話を続ける。

「少し話しただけですからはっきりとしたことは言えませんが、とにかく未知数ですね。能力も性格も」

 しばらく、話した内容を吟味するように間が置かれる。

「海の向こうと言っていたが、具体的にどのあたりから来たんだ?」
「知りません」

 その答えにはさすがのアダマスも怒るより前に訝しげな表情をした。

「知りません、じゃないだろう。いくらお前でもそこまで身元不明の人間を簡単に信用しないはずだ」
「不明ではありませんよ。我々の知らない土地から来たというだけで」
「……わかった。俺はもうなにも言わん」

 おそらくレリアが嘘を吐いたと考えることにしたのだろう。アダマスはあっさりと身を引いた。
 決して嘘は言っていないが、否定するのも面倒なので放置しておく。他人の言葉の真偽を決めるのは自分でしかない。

(それに、私が嘘をついていると思われたほうが何かと好都合です)

 あの姉弟の故郷というものに興味がないわけではないが、それについて深く聞くことはしないと決めた。

(十八歳、でしたね)

 レリアと対峙した、和巳という名の少女を脳裏に思い浮かべる。
 はっきりと紡がれる声、まっすぐ伸びた背筋、強い意志のこもった視線。どれもこれも、十八歳の レリアにはなかったものだ。
 折ってはならない。強くそう思った。

「そういえば」

 徒然と自身の世界に没頭していると、アダマスが何かに気づいたように声を上げた。

「弟の話は聞いたが……姉弟なんだろう? もう一人はどんな子供だったんだ?」

 直接的にはかかわりの無い少女について尋ねる理由は、単なる興味でしかないのだろう。
 レリアは少しの間考えて、心からの笑みを――三日月形に弧を描く唇を、もったいぶりながら開いた。




「――将来が楽しみな娘ですよ」





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お小言
名前だけ登場だったアダマス教官、登場。
書いている人間自体あまり頭の出来がいいほうではないので、
レリア様を書くのは大変です。いろいろ矛盾点とかあるかも。