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 目が覚めて見知らぬ地にいたのなら、夢の中では故郷に帰れるのだろうか。
 それとも、今度目が覚めたら全てが元に戻るのだろうか。
 果たして、現実は。

「さいっあく……」

 見慣れない天井に戸惑いは覚えなかった。
 ただ、予期していた事実への落胆と、カケラとはいえ期待していた願望の崩壊に、和巳は小さく「ちくしょう」と悪態をついた。


title/異世界という現実


 憎たらしいほどに爽やかな朝の日差しを受けて、白いシーツがやわらかく光っている。そんななか浮かび上がる、力なく投げ出された腕。
 ぼんやりとした視界にそれを収めながら、昨日の夜を思い出す。



 すれ違う人に奇異の目を向けられることもなく(和巳も大和も内心ひやひやしていたので拍子抜けした)、案内されたのはレリアの自宅。
「空き部屋は多い」  と言ったレリアの言葉は本当だったようで、たしかに一人暮らしにしては広い家だった。
 なんでも遠くから来る研究員が泊まることが多く、それを見越して部屋数に余裕のある物件を購入したらしい。

「研究員を自宅に泊めるんですか」
「ええ。研究員の面倒を見るのも私の仕事ですから」

 道すがら説明された話を要約すると、レリアは研究院の最高責任者で全部合わせて五人程度の研究員をまとめる院長なのだそうだ。
 研究院が設立されたのはつい最近なので働く人間は極端に少なく、今いる研究員もさまざまなコネを使って各地からスカウトしてきたそうだ。

(道理で、人を懐柔したり言うことを聞かせたりするのが得意なわけだ)

 なるほど納得である。
 レリアの話に耳を傾けつつ考えていたが、その間も視界に映る見慣れない街並みには混乱を通り越して諦観の念さえ覚えてしまった。
 そのおかげで、家に着いたあとは「さぁどんな話でも広い心で受け止めようじゃないかバッチコーイ」などと身構えていたのだが、

「今日はもう休んだほうがいいでしょう」

 着くなり笑顔で言われ、勧められるまま差し出された軽食(スコーンのようなものだった)を口にすると途端睡魔に襲われ日の沈まぬうちに寝てしまった。
 大和も隣の部屋で同じように眠ったのだろうと思う。



「………………」

 和巳は眠りと目覚めの間を彷徨いながら、どちらに行き着こうとせずただ無気力に横たわっていた。もともと朝には弱い性質だ。
 ふわふわとした意識の片隅で、起きたくない、と誰かが囁いている。実際そのまま眠りたかった。
 でも――



 いつまでも落ち込んでいるわけにはいかない。
 大丈夫だ。確かめるように拳を握った。


「起きなさい、私」

 寝起きで掠れた、自分自身にも聞き取れるか聞き取れないかの小さな声。しかし、心で唱えるよりは自分の心に響く。
 起き上がり現実を認めろ、認めた上で、見据えなければならないことがたくさんあるはずだ。
 ぎゅっと目を瞑り三つ数える。
 1、2、3――

「だぁっ!」

 アントニオ猪木の掛け声とともに上半身を起こす。なにごとも勢いが必要だ。
 窓から差し込む朝日と、窓枠の形に切り取られた木にしっかりと焦点を合わせる。

「よし」

 気合は十分。和巳は力強くうなずいた。
 腰の辺りにまとわりついていたタオルケットをバサリと引き剥がし、寝台から降りる。
 洗面所の場所は聞いていないので顔を洗うのはあとにしよう。まずは着替えからだ。

「どこに置いたっけ」

 口に出して探しながら寝巻きを脱ぐ。
 服は昨日も着ていた高校の制服を着用するしかないが、制服なんて毎日着ることを前提に作られているのだ。さして問題はない。下着に関してもこの際文句は言わない。ただ、ブレザーは暑いので止めておく。
 ここでの季節は春と夏の間らしい。ベッドの上にあるのは先ほど投げた薄手のタオルケットだけだ。日本の春先なら少し肌寒かっただろう。
 ブラウスに袖を通し、ボタンを留める。

(なんか、落ち着く)

 いつもと変わりない「制服を着る」という行為は、やけに和巳を安心させた。
 だいぶ頭が冴えていく中、せわしげに足を動かしながら着々と身支度を整えていく。誰に急かされているという訳でもないが、朝の準備を急ぐのは習慣のようなものだ。

「これで終わり、と」

 手で梳いた髪をいつものように後ろで一つ括りにし、部屋に備え付けられていた鏡で確認する。
 寝巻き代わりに借りていた服を丁寧に畳んで枕元に置いた。

***

 こちらに来て初めて入った建物ではほとんど扉を見ることは無かったが、この家には玄関以外にも各個室に扉がついていた。
 ただ廊下からリビングへつながる部分に扉はなく、切り取られた入り口をくぐる形である。
 さえぎるものが無い入り口からは、料理をしているレリアと、席についてぼーっとしている大和の姿が見えた。

「おはようございます」

 おそらくは和巳たちの世界で言うコンロのようなものに向かうレリアの背中へ、ちゃんと聞こえる大きさの声で朝の挨拶をする。

「おはようございます、和巳さん」

 笑顔で振り返った彼女は朝から準備ばっちりだった。
 こげ茶の髪をバレッタでとめ、昨日と同じようにシンプルで品の良い上着にタイトスカート。料理中のためだろう、その上にエプロンをかけている。
 白衣を着てはいないものの、全体から発する空気は学者という印象を第一に根付かせる。理知的で有能そうなキャリアウーマンといった感じだ。

「あの、なにか手伝うことは……」

 入り口付近でおずおずと申し出てみるが、ほとんど準備はできているのでいいですよ、とこれまた笑顔で断られる。
 断り方も爽やかな人だ。平素ならこんな女性に最も憧れるのだが。

(こんな状況じゃあね)

 などとにべもないことを考えすでに大和が座っているテーブルにつく。
 まだ若干焦点の合っていない双眸を見るに、どうやら起き抜けらしい。
 一人暮らしなのにテーブルが四人がけなのは、やはり研究員が泊まることを考慮してなのだろう。

「おはよ」
「おはよ」

 なんとなく小声で朝の挨拶を交わしたあとは、話すことも無いので沈黙が降りる。
 卵の焼けるにおいと音だけが聴覚を満たしていた。

「あら、火が消えてしまいましたね」

 ぽつりと漏らした言葉は別段困った風でもなく、仕方ないなぁといった呈でおもむろにエプロンのポケットから小さな石を取り出す。
 濃い赤色をした、妙に光沢のある石だった。火打石だろうか。
 石の用途が分からず首をひねっていると、レリアはフライパンを横にずらし火元の上に石をかざした。非常に慣れた手つきである。
 なにをするんだろう。

「ここに力を顕現せよ」

 変化は小さかったが――衝撃は大きかった。
 言葉が終わると同時、赤い石から十円玉サイズの火の玉が音もなく生まれ、火種となって落ちる。

「――!」
「今の……」

 さっきまでの半分眠そうな顔はどこへやら、険しい表情で大和が口を開いた。
 驚きで声も出ない和巳に、レリアは朗らかに笑いかける。まるで、最初から二人が驚くことを前提にしていたかのようだ。

「この国では一般的な、家庭魔術の一つですよ。マッチなどより値は張りますが、半恒久的に使えるため非常に便利です」

 ただし、火力の調節が難しいのが玉に瑕。
 赤い石を片手にすらすらと説明する様子は、白衣を着ていなくてもまるで教師のようだった。
 レリアは呆然とするしかない姉弟の反応を、ニコニコしながらしばらくの間眺める。

「このような魔術が珍しいですか?」
「ま、魔術ですか」

 えぇ、そうです、とこともなげに肯定し、続ける。

「精霊から力を借りて行使する術の一切を、まとめて魔術と呼ぶんですよ。ミュートロギアやラナイツァーでは一部の限られた者にのみ許されている術ですが、この国では広く普及しています」

 先程聞かされた言葉を脳内で反芻して、今まで気づかなかった自分の想像力の無さに舌打ちしたくなった。
 レリアの役職を鑑みれば分かることだ――『魔』導研究、とはつまりこういう類のものなのだろう。
 『魔法』というファンタジー要素と『研究』という響きが結びつかなかったため、考えもしなかった。

 そう、ここは異世界。
 お化けも魔法も妖怪も、きっとなんでもアリなのだ。

「せいれい?」

 たどたどしくその単語を繰り返すとレリアは一瞬片眉を上げたが、すぐに元の笑顔になり『精霊』の説明を開始する。

「えぇ、精霊です。もしかすると呼び方は違うかもしれませんが、自然を司る半生命体で、土、風、火、水という四つの属性があり……」

 最初は無知な子供に道理を教えるような雰囲気だったが、一向に表情の晴れない二人を目にして言葉が尻すぼみになっていく。
 水色の瞳は次第に困惑の色が濃くなり、とうとう決定的な一言が向けられる。

「まさか、知らないなんてことは……」

 おそらく演技でもなんでもない、素で驚くレリア。今日はじめて垣間見た笑顔以外の表情。

 やばい、この世界で『精霊』は常識なんだ――!

 確信すると同時、和巳は咄嗟に口を開いた。

「わ、」

 あとから思い返してみても、このとき自分が何を言うつもりだったのかは分からない。
 何故なら、和巳が答えるより先に意外な声が――

「知りません」

 ――大和が、答えてしまったのだから。

「……へ?」

 今朝だけで一体どれだけ驚いただろう。数えてなどいないがこの調子で行くと和巳の脳細胞はあっという間に全て死滅してしまうのではなかろうか。
 座ったまま赤い石から視線をはずさない弟が、和巳の不安を掻き立てる。

(確かに知らないし多分あの世界には居ないけど、だからってまるで突き放すみたいに言う必要は無いわよ? 不審に思われたらどうするのよ。そもそもどうして)  

 青ざめてはいないがいまだ険しい大和の横顔。

(こんな、頑なに?)

 この子がハッキリと、否定の言葉を口にすることなんて少ないのに。
 和巳が混乱している間にレリアは持ち直したようで、フライパン片手に考え込んでいる。

「なるほど、精霊を知りませんか」

 さすがにそこまでは想定していませんでしたね、と呟く。
 彼女から困惑の表情はすでに抜けきっており、和巳と大和に関する今後を練り直しているらしい。
 なんて切り替えの早い人だろう、と感心する傍らで和巳は自分の腕を掴んだ。
 じわり、と後を引く痛みが返ってくる。当然だ、これは夢ではないのだから。

(夢じゃ、ない)

 ここは――遠い、遠い、和巳の想像なんて及びもつかないほど遠い異世界なのだと、ようやく、身に沁みて分かった瞬間だった。



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お小言
いわゆるスランプでしょうか、上手く書けません。
次回はいよいよラスエルの登場です。
脱・シリアス! カモン、コミカル!