×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

 ふと、視線を感じて、大和は振り返った。
 けれど背後には何も無く、ただ今まで歩いてきた廊下がまっすぐ伸びるばかり。

「……」

 決して不快感を与えるような視線ではない。それでも、不愉快な気分になるのは認めざるを得なかった。


title/研究院へ行こう!


 和巳たち二人が通されたのは、レリアが院長を務めるという「研究院」の一室。もとい、先日通されて紅茶をもらった部屋の奥だった。
 そのなかでも応接用らしき低い卓に、二人は並んで座っている。
 研究院というだけあって、薬品や実験器具らしきものが整然と棚に並び、そのうちいくつかは机の上で使われていた。

(理科室を個人所有してる、って雰囲気ね)

 一人そんな感想を抱きながら隣の大和を見やると、弟は興味深げにあたりを見渡していた。
 田舎者根性丸出しだが諌めない。だって自分も同じことをやっているから。
 ここに来るまでは異様に背後を気にしていたが、だいぶ落ち着いたらしい。気にするようなことでもないか、と質問するのは自制した。
 しばらく見ていると眼が合った。ついでのように、大和が口を開く。

「ねぇ、姉ちゃん。レリアさんがつけてるあの腕輪って、何なのかな。ずっと光ってるから気になってたんだけど……」
「は? なに言ってんの。ただの腕輪でしょ? 光ってなんか……」
「昨日見たときも光ってたじゃん」

 一歩も譲らない弟。視力に関しては姉より自慢できるので、こういうときだけ絶対曲げないのだ。
 話の元になっている腕輪の持ち主、レリアは「適任者を呼んできます」と言って姿を消してしまっていた。
 確かめることも出来ず、しかし大和の言い分を認めるのはなんだか負けた気分になるのでさして意味のない言い訳を考える。

「……眼鏡忘れた」
「光ってるよ」
「だから気付かなかったのっ、眼鏡ないから確認も出来ないのっ」
「絶対光ってる、間違いないって!」

 小声でまくし立てるという器用な技を見せる和巳に、大和も小声で自分の意見を主張する。
 ぎゃあぎゃあと諍いを始めた姉弟だが、奥の部屋(奥というより隣だろうか)からレリアが人を連れ立って戻ってきたので即座に言い合いを終わらせる。
 お待たせしました、と断ってから、レリアは自分の後ろに立っている人間を手で示した。

「こちらは私の助手です。説明役は彼女のほうが適任ですから、詳しい話は彼女から聞いてください」

 ぼんやりとした視界に映るのは、小柄な少女だった。
 裸眼の和巳が分かるのは、彼女が肩口の膨らんだ黒い上着に薄紅色の膝丈プリーツスカートという可愛らしい格好をしていること、黒髪でやけに肌が白いということだけだ。
 レリアが首だけ振り返り、後ろの人影に声をかける。

「頼めますね?」
「はい」

 ……今の返事の仕方が、そこはかとなく紅白もちを思い起こさせた。
 少女のはっきりとした返事のあとも、小さな声で二言三言、言葉を交わす。レリアに隠れてしまっているせいで、会話している少女の顔を窺うことはできなかった。

「それでは」

 二人へ軽い会釈を向けると、レリアは再びどこかへ行ってしまう。
 え、どうしよう、初対面の人と三人きり!? 襲ってくる緊張にどう対処したものかと思考をめぐらせている間にも、迷いのない動作で助手の少女はすたすたと近寄ってきた。

「ラスエルです」

 そっけなさの極みとでもいうような自己紹介。レリアに対する返事の仕方や所作は、やはり紅白もちに似ているが、しかし敵意は感じない。

「大和です。よろしくお願いします」

 口を開こうとした矢先、大和が立ち上がって名乗る。
 珍しく発揮された弟の行動力に疑問を抱きつつ、和巳も慌てて席を立った。

「姉の和巳です。お世話になります」

 軽く頭を下げ、再び少女を視界に収めると驚きが和巳の身体を支配した。

(う、わ……)

 少女は美しかった。
 全ての感情をそぎ落としたかのような無表情。少女らしく装飾された服が、人形めいた印象をより一層際立たせる。和巳たちのような黄色人種ではありえないくらい白く透けた透明な肌と、対比するように黒い髪。烏の濡れ羽にも例えられそうな髪は後ろで一つにまとめられていた。
 しかしその中で最も目を引くのは、深い色合いの紫が二つ。
 ラスエルと名乗った少女の双眸は、紫だった。

(綺麗な眼だ)

 紫というのはかつて高貴な人間しか身につけることが許されなかった色だと、ふと思い出して納得した。彼女の瞳は決して届かない高みにある美しさだった。

「そこの椅子にかけて待っていてください」

 しばらく見入っていた和巳はその言葉で我を取り戻す。
 紫眼の少女は元の通り二人を座らせると数ある棚のうち、箱が多く収められている棚へ向かった。

「……」
「……」

 これから起こるであろう不思議体験を前に、妙な気分の高揚を感じて落ち着くことが出来ない。視線が忙しなく彷徨ったり、無意識に手があちこちに動いたり。意味もなくそわそわしてしまう自分が情けないがこればかりは仕方ない。
 ちらりと視界に入った大和の頬が若干紅くなっているのは、緊張のせいだろうか。

「――お待たせしました」

 紫眼の少女――ラスエルはその手に小さな木箱を持って、二人と対面する形で腰を下ろした。

「魔術を見たことは?」
「さっき一度、レリアさんに……」

 ラスエルは「そうですか」と小さく頷くと、手元の木箱を開いた。興味津々で覗き込もうとする二人にもよく見えるよう卓上に置く。
 中には、直径一センチほどしかない宝石の原石らしきものが四つ、並んでいた。右から赤、青、緑、透明。

「この石はそれぞれに、
 紅い石は火精霊、ルビー
 碧い石は水精霊、サファイア
 翠の石は土精霊、エメラルド
 そして最後の――無色の石が、風精霊を表します」ダイヤモンド

 色違いの石をひとつひとつ指差しながら、説明を受ける。

「精霊とは半生命体であり、その生態は謎に包まれています。人前に姿を現すことは滅多になく、また見ることが出来る人間も限られています」

 いわゆる霊感のようなものだろう。和巳は幽霊など信じていないし精霊などというものにも懐疑的ではあったが、それもここまでくるとただの悪あがきにしか思えない。

「精霊は自然を司ります。彼らが在る故に自然は有り、自然が有る故に彼らは在ります」

 まるで言葉遊びのようだな、と頭の片隅でそんな感想を抱きつつ、ラスエルの言葉に聞き入る。
 朗々と語る彼女の声は一切の濁りを拒絶するように静かに澄んでいて、内容や語り部の容姿と相まって神秘的な空気を孕んでいた。

「人間は長い歴史の中で彼らから多大な恩恵を受けながら営みを繰り返し、繁栄を続けてきました」

 石がひとつずつ、丁寧な手つきで卓上に置かれる。

「魔術という形で彼らの力を借りるようになったのはここ数十年ほどです。この国のように、精霊に対する神聖視が弱い国ほど広まっています」

 ラスエルは透明の石――先程彼女自身が『風』を表すと説明した石を手に取る。

「そしてその魔術ですが、これらの石を用いてそれぞれに呼びかけることによって一時的に力を借り受ける行為のことを指します」

 続けて彼女の口から滑らかに紡がれた言葉は聞き取れなかったが、どうやら呪文の類であるようだった。
 現に口の動きが止まると同時、和巳たちの間にヒュッ、と一瞬だけ風が起こり、前髪が少しだけ舞う。

「すげー……」
「すごい……」

 目の前で見せ付けられた不思議な力に、和巳と大和はただただ驚くばかりだ。

「このように、ごく微量の魔力で行使できる魔術を一般魔術と呼びます。その中でも特に家庭生活に密着したものが家庭魔術です」
「さっき、レリアさんが見せてくれたのも多分それです。マッチ代わりだって言ってました」
「火付けに使われる火精霊ですか? あれは最も普及しているタイプの家庭魔術です」

 口と眼を丸くして感嘆する和巳たちに、ラスエルはひとつひとつの石を手に取り、順繰りに魔術を披露してくれた。

「わー……」
「すごーい……」

 ラスエルが見せてくれる『魔術』を興奮気味に眺める二人は、先程姿を消したレリアが死角になる位置で誰と話しているか、気付きも気にかけもしなかった。

前へ  目次へ  次へ

お小言
どれだけお待たせしたか分からない第十二話。
しかも話は進んでいない。だ、だけど第一部で登場予定の人間はこれで最後!
実は、次の話とあわせて一話にする予定が長くなって分けたのはここだけの秘密です。