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 どうして僕が、と思わずにはいられない。
 朝早くに起きるのは構わない。特別寝起きが悪いわけではないし、涼しげな朝の空気を感じるのはむしろ好きだ。
 ただ、その理由が気に食わない。

(レリア様があまりにも気にしないから)

 重く長い溜息が唇から漏れる。

 そう、レリアがあまりにも気にしないから――クロムが気を回さずにはいられないのだ。


title/内緒話


 クロムは初めて『研究院』の内部に足を踏み入れていた。
 一応、出入りは自由にしてもいいと院長であるレリアから言われているので問題はないのだが、特に用がない限り近寄ることはなかった。
 自分に関係ある分野ではなかったし、目立つ立場にいる自分が頻繁に出入りするのもどうかと思ったのだ。

(だが、今日はそういうわけにもいかない)

 あの姉弟について、まだまだ話さなければならないと思っていた。

 二人をかまい、庇護下に置く。何故だ、と問えば問うほどレリアの話術にはまって、最終的には抜け出せなくなると見当がつく。
 彼女が上げるいくつかの理由――それらに納得出来るはずもないが、説得できる可能性のほうが限りなく低い。
 何故なら、それがレリアという人間だからだ。

(理解できることが嬉しいんだか悲しいんだか)

 よく分からないな、とクロムは顔をしかめながら、嬉しいことではあるがレリアの意思を変えることが出来ない限り意味がない、と 結論付けた。
 昨日はあのままレリアと会うことはなかったが、その後の予想は大体つく。
 おそらくは家に連れ込んだのだろう。言い方は悪いが、レリアは人を犬猫のように拾っては手元に置きたがる人間だ。
 なにせ自分もあの人に『拾われた』側なのだ。そういった習性というか悪癖というかは、身をもって知っている。

(――僕が、口を出せることじゃないのか)

 常に身につけている白い短衣に隠れた唇を強く噛んだ。
 複雑に絡み合う感情の収集がつかない。自分でも、何故こんなに意固地になって反論するのかが分からなかった。
 レリアが彼らを庇護すると決めた以上、意思を変えるはずはないのに。

(それでも)

 いつだって細い細い綱の上を歩く恩人の身を案ずるのは当然のことなのだ。
 意識を切り替えようと、目線を変えてみる。
 入り口からは、卓を囲む三人の姿が見えた。茶髪と黒髪の奇妙な名前の姉弟と、もう一人。

「――それで、こちらが土の――」

 平坦な口調で説明しながら、丁寧な手つきで魔石を手に取り一般魔術を見せている人間――名前までは把握していないが、レリアが助手として重宝しているのは知っていた。
 新設の研究院は慢性的な人手不足で、特に専門的な知識を必要とする魔導研究ともなればそう簡単に人材を確保できるはずもない。
 そのなかでレリアの助手を務められるほどの優秀さを持っているのだろう。よどみない声に不安は覚えない。
 たった今彼らの元を離れこちらに向かってくるレリアは、だからこそ彼女に任せてクロムに近づいてくるのだ。

「律儀ですね」

 開口一番、内容的には嫌味だが決してそうは聞こえない一言を投げかけられた。  いつもの笑顔で出迎える彼女に、驚きの類は見られない。まるで、クロムが来るのを予想していたかのような落ち着きだ。

「このくらい当然です」

 この程度のことで揺らいでいては彼女と付き合っていられない。しれっと答えて、再び昨日の姉弟へ視線と意識を転じた。
 件の二人はまるで初めて目にする手品に興奮する子供のように、それをひどく楽しげに見入っている。
 レリアは黙ったままのクロムに話しかけることもなく、ただ同じように二人を見ていた。品定めするように姉弟を見つめる様子を眼にして、ようやく自分がここに来た理由を思い出す。
 普段来ることのない研究院の様子に少しばかり気勢を削がれてしまっていたようだ。
 失態だ、と内心で舌打ちしつつ、削がれた気勢を取り戻すよう心を引き締め口を開く。

「レリア様、」
「彼らの話は突飛で所々意味の通じない部分もあります。しかし嘘はついていません」

 遮った上に発言を先回りされる。気を引き締めて声をかけただけに、空振った感触が妙に苦く口の中に残った。
 レリアは依然として卓を囲む三人に視線を固定したまま、ゆったりと、しかし反論を許さない調子で続ける。

「昨日いくつか質問して得た結果です。信じがたい話ではありましたが、筋は通っていますし、目を見れば嘘をついているかどうかは分かります」

 私の見立てではね、と小さく付け足して言葉は終わった。やはり、こちらの言い分は聞かないつもりらしい。
 クロムは眉根を寄せた。それでも――反論しないと気がすまない。

「しかし不審であることに変わりはありません」
「不審と危険はイコールではありませんよ」

 ようやくクロムと眼を合わせたレリアは、満面の笑みでもって答えた。
 あぁそうだ、結局こうなるんだった。
 その返答と共に顔に乗せられた笑顔は、つまりクロムの負けを意味している。もとより、勝てると思ったことなど一度もないが。
 げんなりした気持ちが表情に出ないよう配慮はしたが、口から漏れる溜息ばかりは許されよう。肩を落とす仕草をしなかっただけでも合格点だ。

「レリア様……お願いですからせめてサフィかアルを一緒においてください。僕の心臓が持ちません」

 クロムは寮生活なのであの二人を見張ることは出来ないが、決まった住所を持たない何人かの名前を挙げてみる。

「それは大変。腕利きの医者を紹介しましょうか?」

 せめてもの譲歩すら冗談で交わそうとするレリアだが、これは呑んでもらわなければならない。
 流されてはたまらない。強気で向かうのは逆効果かもしれないので、あえて宥めるような言い方を続ける。

「医者は結構です。もうこの際エメリーでもかまいませんから」

 しつこく食い下がるクロムに、さしものレリアも思うところがあったのか。ふむ、と若干わざとらしい芝居がかった様子ではあったが考え始めた。
 出来ることなら武力行使が可能なアルを置いて欲しいのだが、奴のことだ、厄介事はごめんだと姿は見せまい。

「そこまで言うなら、検討してみましょう」

 しばらくすると、そう言って朗らかに笑った。クロムは敬愛するレリアのその笑顔が一番厄介だと知ってはいたが、検討すると言った以上なにかしらの手は打つはずだ。

(今は、それだけでいい)

 研究員が見せる魔術にいちいち驚く二人を注視しながら、いざという時のためクロムは一人決意を固めていた。



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お小言
早く仕上がると思っていたのに、
時間的に余裕がなくてなかなか上げられなかった第十三話。
書き手の駄目さ加減が窺えます。そして短いっていう、ね。