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 フラスコ、ビーカー、試験管。
 見慣れてはいるけれど学校の外で見る事は滅多にない、それらの器具。
 無色、透明、薄灰色。
 数種類の薬品と思しき液体の並ぶ光景に、心がちょっと萎えそうだ。
 ……怪しげな色をしたモノが見当たらないという事実が、どれだけの慰めになるだろう。


title/楽しい実験?


 魔術だとか魔石だとか、よく分からないファンタジックなものを見せ付けられた部屋は多少の様変わりを見せていた。
 それまで片付いていた木机の上には大小や形のさまざまなガラスの器が並び、どこからか持ってきたカートの上にはいくつかの薬品が乗せられている。
 半分応接間のようなこの部屋でやるということは、簡易的な実験なのだろう。
 漠然とそんな予想をつけながら、姉弟二人で壁に寄りかかって待っていた。


 紫眼の少女ラスエルから一通りの説明を受けたあと、おもむろに姿を現したレリアは後ろに昨日の紅白もちを引き連れていた。 相変わらずのあの笑顔で(怖いというか恐ろしい)。
 不満げに姿を現したクロムだったが、さぁ実験の準備をしましょう、とにこやかに告げたレリアの手伝いで今は忙しそうである。

(実験って、本気だったのね)

 先日のレリアの発言と、そのとき感じた悪寒を今でも覚えている――もとい、忘れられない。 永遠に来なくていいと願った日がこうもあっさり来てしまったことに、遠くを見つめ脱力する。
 あぁもう逃れられないんですね。
 そんな諦めの境地だ。

「ラスエル、三番目の――」
「これはどこに――」
「塩酸が――」

 切れ切れに耳に届く会話の応酬。

(……学校の理科実験とさして変わらなさそう)

 現役学生の二人は理科の実験などでビーカーやフラスコは見慣れているし、塩酸なんて小学校の頃から実験に欠かせない役者だった。
 着々と用意されていく『道具』たちを見れば、何をしようとしているのかおおよその見当はつく。
 実験の類は嫌いではない、むしろ好きなほうではあるのだが、かといって物珍しいわけでもない。
 それは大和も同じはずなのに、弟はやけに楽しそうに見入っている。肩をつついて、まるで内緒話をするように顔を近づけてくる様は本当にこいつ十五か、と聞きたくなる。
 お姉ちゃんちょっと心配。

「ねぇねぇ、なにするのかなぁ」
「塩酸、って言ってたから……水素でも作るんじゃないの?」

 そっかー、なんて適当な返事が返ってくる。答えられたところで実際に見てみないと何がしたいのか分からないのだろう。それには和巳も同意だ。

「やっぱり眼の色と合わせてるのかなぁ」
「……なにが」
「腕輪の石」
「お姉ちゃんは見えませんって何度言ったら理解してくれるのかしら? それとも嫌味?」

 そんなんじゃないけど、と大和は少しむくれたがすぐに意識はレリアとラスエルの二人に逸れた。よほど楽しみであるらしい。若干頬が紅潮気味だ。
 興味津々と見つめる大和とは違い手持ち無沙汰に眺めていると、準備が一段楽したらしい紅白もちと眼があう。先ほどから彼は荷物を運ぶことに徹していた。
 反射的に眼をすがめ、睨むような視線になる。当然睨み返された。

(なんであんたがここにいるのよ)

 そう和巳が胡乱気な瞳で問うと、

(そんなことも分からないのか?)

 はんっ、と鼻で笑う幻聴が聞こえそうなほど見下した笑いで返された。
 完全に馬鹿にしきったその態度に和巳の脳内で何かがブチリと切れる音がしたようなしないような。

(――いつか、いつか絶対言い負かす――――!)

 そうやって、昨日固めたばかりの想いが再び胸のうちに満ちていくのだった。

***

 妙に間の抜けた声が、クロムの耳を嫌に刺激する。

「あ、ナトリウムだ」
「いつ見ても不思議よねー。どうして水の中で燃えるのかしら」
「知らないなぁ」

 あんたが答えられるなんて思ってないわよー、とこちらも間延びした声で姉が返す。
 魔術を見せたときとはまったく違うリラックスした様子にラスエルは些か不思議そうにしながらも特に気にはしていないようだった。
 自分の仕事を慣れた手つきで姉弟に披露しているレリアは、自然な動きでしかし二人から決して目を逸らさない。
 おそらく、見定めるために観察しているのだろう。自分の役に立つか否かを。

(なんだってあんなに『普通』の態度なんだ!)

 今、クロムがいらだっている原因はその一言に尽きる。

(魔導なんて、どこの国でもそんなお目にかかれるものじゃないぞ!)

 レリアの満足げな表情を見ずとも分かる。彼らは恩師のお眼鏡にかなってしまった。
 ただでさえ人材の少ない研究院。魔術にはかなり疎そうだが、魔導で重要視されるのはそこではない――そして、彼ら二人は『そこ』の技術を見せても平然としており、 なおかつ知っているような態度まで取る。
 おそらく実際に知っているのだろう。会話の流れからして眼にしたこともあるようだ。
 例えレリアのアキレス腱になりうるとはいえ、無害な人間ならまだよかった。実際、身元が不明なだけで害を加えられるだけの技量を持っているとまでは思えなかった。
 しかし、魔導という未知の領域に詳しいとなればまた違う。

「……面倒なことになったな」

 はしゃぐ姉弟を視界に収めながら小さくぼやく。


 研究院という存在を快く思わない人間だっているのに。
 これ以上、あの人が渡る綱を細く脆くするわけにはいかないのに。


「――クロム君」

 その一声で、沈みかけた思考から急浮上する。
 柔らかに包み込む、けれど決してやさしくはない声。
 顔を上げれば、いつものように微笑んだ恩師の姿。
 ――守ると決めた。失ったものと、守られたもののために。

「なんでしょうか」

 背筋を伸ばし、まっすぐ眼を見る。
 凪いだ湖面を思わせる水色は、あいも変わらず穏やかな色しか表面に見せない。

「クレイオ教諭に届けてもらいたいものがあるのですが」
「はい」
「片付けるのに時間がかかります。少し待っていてもらえますか?」
「わかりました」

 準備のときにクロムが運んだ物はどうせ明日使うからそのままにしておいていいと言うので、大人しく待機する。
 思考の海に沈んでいた間に実験は終わっており、気付けば姉のほうが積極的に片づけを手伝っていた。残った弟は何故かクロムの隣に移動して片づけの一部始終を見ている。
 あからさまに魔石を避けている姉に、違和感。
 薬に対して不安はないのか、手袋をはめてさっさとカートに乗せていく動きには余裕が窺える。だが魔石とは距離を置きつつ、薬品を扱う姿は奇妙に写った。
 クロムの感覚では、普通逆だと思うのだが。

「ねぇ、魔導って結局、具体的になにをするの?」

 こちらは薬品を扱うのが怖いというより、自分より姉に任せたほうが適任だろう、といった風だった。ただし、姉のように魔石を避けてはいなかったが。
 純粋な興味から訊ねているのだろう、頭の上に疑問符が見える。幻影か。
 そうやって立っているだけならただの少年だ。華奢というより細身で、弱々しいというより成長過程という言葉が当てはまるだろう。
 その細身から覇気の類は全く感じられず、むしろ正反対といえるだろう能天気な雰囲気が性格をよく表している。
 昨日、姉を背にかばって怒鳴りつけた人間と同じには見えない。
 しばらく無言で観察していたが、先ほどの質問の答えを返さない限り逸らされないだろう視線にげんなりして口を開く。

「外からなんらかの手を加え、本来魔術が発揮できる以上の力を使うことだ。お前たちが今見たような物を使って引き起こす」

 軽い溜息を伴いながら簡潔に答えてやると、彼は納得した様子で再び考え込んだ。
 その顔を見るために自分が視線を上げなければならないことに苛立ちを感じる。……聞いた話では年下だというのに、なんなのだこの差は。
 クロムのものすごく理不尽な嫉妬を知る由もない少年は、なにやらぶつぶつと呟いている。

「……やっぱり五行説とは違うよなぁ……金が足りない……どっちかっていうとエレメンツ……?」

 さっぱり理解できないので無視することにした。
 レリアはどこか上機嫌で、それに呼応したわけではないだろうがいつも身に着けている腕輪の石が赤く爛々と輝いている。
 象嵌された石は一種の探知機能を持っており、その石を見た人間が「何色」に見えたかによってその人間の属性が分かるらしい。 光の強さは周囲にいる精霊の強さだ。ただし、見る人間がどの属性かによっても変化する。
 たとえば、火精霊の存在が強い場所で水の属性を持つ人間がそれを見ると、淡く水色に光って見える。
 逆に、火の属性を持つクロムが見れば鮮やかな赤色が強い光を発しているように見えるのだ。

 つい先ほどまで実験に火を使っていたためか、火精霊の気配が強い。感知、という分野には弱いが、同属の気配はある程度察知できる。 腕輪もクロムの感覚を証明していた。
 あの腕輪があるからこそ、レリアはこの少年の魔力に気付いた。身につけた人間には分かるものらしい。
 自分の隣でのんびりと同じ方向を見つめる少年に、今までとは違う意識で目を向ける。

 今は確かに、弟のほうが御しやすいだろう。しかしそれがいつまで持つか定かではない。
 レリアが欲しい、と望むほどの魔力――それは諸刃の剣だ。いつ、自身を傷つけ、切り裂き、裏切るか分からない。
 そのとき彼女を守るのが自分の役目。本来なら、そうなる前に止めるのが望ましい。
 無意識に左腰にぶら下げた剣の柄へ手が伸び、触れた。
 とはいえ、緊急時ではないのでコレは単なる重しであり、触れるという行為も自分の気持ちを落ち着けるためのものだ。
 けれど、

(――――っ!?)

 一瞬背中を駆け抜けた電流に、考える間もなく身体が勝手に振り向く。

「? どうしたの」

 視線の先にいるのは、いきなり振り返ったクロムに驚いた様子を見せる大和だけだ。

 ――違う。こいつじゃ、ない。

 それは直感だった。

 ――なにか、いる。

 鋭利な刃物が突きつけられたような、強さ。それと相反するように向けられる、警戒心も敵愾心も感じられない黒い瞳。
 不自然な風が、艶のない真っ白な髪と、染め抜かれたように黒い髪を緩く浮かせた。
 ほんの一瞬のその風がひどく水気を帯びているように感じて、思わずレリアの腕輪の色を確認する。
 あれほどまでに強く己の存在を主張していた紅は、いつの間にか薄く、薄く、今にも消えそうな灯火ほどになっていた。






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お小言
 今回モノローグ大目ですね。
 そして更新遅すぎですね。つ、次こそはなるべく早く……!
(とか言いながら今まで上げられたことないよね!)(駄目人間)(ニコ!)