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 はっきりした形の白い雲がゆったりと流れる、濃い青の空。
 元いた春から夏の初めへと急激に変化した気温もなんのその、和巳と大和は立ち並ぶ店やそれをとりまく人々を、きらきらした瞳で見回した。

「すごーい……」

 今日の使命はずばり、買い物。

title/前準備


「おい、あまりキョロキョロするな恥ずかしい」

 先導するためにクロムが前を歩いているが、せわしなく首をめぐらせあちこちを見回す二人がはぐれるのを心配してかこまめに後ろを振り返っている。 先ほどのように何回も注意してくるのを無視していると口は出さなくなったが、呆れたように振り返るのはやめなかった。
 なんだかんだいいながら面倒見のいい奴なのかもしれない。仲良くなろうと考えるにはファーストコンタクトが最悪すぎたが。
 そんな風に周囲を見る余裕も生まれてきた、異世界滞在五日目。
 大和は少し大きめのシャツとズボン、和巳はレリアに借りたロングスカートとブラウスという格好で初めてのお買い物に繰り出していた。 小さいよりはましだろう、とい考えでレリアが調達してきた服は二人とも袖や裾が余っているが、動きにくいほどではない。
 さすがの紅白もちも今日は私服で、いつもより裾の長いマント状のものを羽織っている。

 クロムはともかく和巳と大和の服装はこの国であまり浸透していないタイプらしいが、 通りを歩く人の服にも統一性はなくみんな個性的なのであいまり気にはされていない。
 ひらひらとした民族衣装のようなものを着ている男性もれば、機能性を重視したパンツルックの女性もいる。

(本当に異世界……色んな人がいる)

 現実は、何度感じたか分からない痛みを再び和巳に刻んだ。じくじくと膿んでいつか化膿してしまいそうな痛み。
 胸を押さえようとして、首を振る。駄目だ、こんな痛みに負けてる場合じゃない。

(暗いこと考えたら駄目よ、せっかくの外じゃない)

 今までは外出するといってもレリアの住んでいる住宅街を散策する程度で、買い物に出かるのはこれが初めてだ。そう、楽しまなければ。
 ざわめく人の流れに興奮を隠し切れない大和が、嬉々として語りかける。

「なんかさ、街並みはイタリアとかギリシャの辺りに似てない?」
「んー、あの辺の国は白いイメージがあるわね。あと地中海」
「だからさ、壁の色変えて坂が少なくて路の幅が広い、イタリアとかギリシャ」
「別の方向に行ってるわよ」
「だってアラビアンナイトじゃないから」
「まぁ、それはそうね。おとぎ話にしては路が整備されてるし」
「アスファルトじゃないのが風情あっていいねぇ」
「大和ジジ臭い。一体いくつよ」

 からからと笑って突っ込んだが、大和の意見には賛成だ。
 青い空がよく映える街並みは、観光地だといってもおかしくないほどの景観だった。異国(異世界?)情緒溢れる光景は美しく、頬が上気するのを抑えられない。
 おそらくは商店街にあたる通りは、ヘルギウス――騎士を育てる学校だとレリアが言ったあの場所と同じように、コンクリート状の壁で出来た建築物が目立つ。 ともすれば灰一色という寒々しい色合いになる通りは、しかし意外にも色で溢れていた。
 食料品、服飾品、雑貨――色とりどりの商品などで飾られた店に寂しさなど感じられず、むしろ素っ気無い壁の色はそれらと上手く調和している。 露天商も多く店を構え、店員が店先で呼び込む活気に満ちた様はそれだけで一つの絵のようだ。

「なんだか、泳ぎたくなるわー」

 生憎と海は見えずその願いはかなわない。だが、その分乾いた風が心地よくもあった。

「さっきから訳の分からんことを……」

 馬鹿にしきった様子で呟かれたその一言に、今までクロムを無視し続けていた和巳の何かがプチ、と音を立てて切れた。堪忍袋の緒か何かだろう。

「姉弟の世間話に文句つけないでよね、この、もち!」
「もちじゃないっ!」

 大声で、意味は分かっていないなりに不名誉だと感じているらしい罵りを口にすると、ものすごい勢いで振り返ったクロムが間髪入れず反論する。
 隙なく返ってきた言葉を糧に、対する和巳の口も止まらない。

「なにおう!? 餅のなんたるかも分からん餅のくせして!」
「ならばその『もち』がどんなものか僕にも理解できるよう説明してみろ!」
「わざわざ自分から怒られるようなまねすると思うこの私が!?」
「説明したら怒られるという自覚がある時点ですでにいい意味でないことは確かだな!」

 ぎゃあぎゃあと言い合い、すれ違う人に笑われながら街の通りを進む。
 和巳は周囲の視線に気づきながらも平気でいるし、クロムは熱くなりすぎて周りが見えていない。この事態にあとから気付いて一人 羞恥に耐えるのだろう。大和は、なにせこの姉と十五年付き合ってきたので既に慣れた。
 レリアの自宅――ひいてはこの世界に身を置くようになってから、すでに五日経っている。
 その間自分の生まれた場所との差異に驚かされ、時折垣間見える共通点に安堵や寂しさを覚えたりもした。

 けれど時間は待ってはくれない。些細な感傷に浸る暇すら与えず強制的に無慈悲に、和巳たちを置いていく。
 細くか弱い藁にどれだけしがみ付いても無駄な抵抗でしかなく、無知なまま放り出され捨て置かれ、 そして和巳たちはこの世界に適応しなければいけない。
 ――生きているのだ。
 空腹を覚えれば否が応でも食べ物を口にする。たとえそれが見慣れないものであっても。
 服が汚れれば着替えるしかない。たとえそれが許しがたいくらいファンタジー風であっても。

(同じように、生活していくなら色々揃えないと、ね……)

 服なりなんなり、生きていく上で必要なものは多い。ましてや、和巳たちは新しい生活を始めるのだ。
 一から揃えなければならない以上、全てをレリアが適当に選べるはずもなく。

「ここだ。着いたぞ」

 紅白もちがいつもと同じぶっきらぼうな態度で示したのは、周囲の店と比べ店構えが大きな店だ。ガラス窓 から覗ける店内の品揃えから、服飾品を扱っていることが分かる。広さは地方のスーパーマーケットくらい。一式をここでそろえるようだ。
 扉をくぐってからも興味津々、といった呈であちこちを見回す二人に、クロムが呆れた視線をよこすが気にしない。 珍しいものは珍しい。見なければ損だ。

 木ではなく、砂のようなレンガのような素材で出来た壁はコンクリートとはまた違った風情である。 タペストリーや小さな風景画で彩られた店内は活気付いており、客入りも良い。しかしざわついた雰囲気はなく、 落ち着いた空気が全体を満たしていた。
 なんとなく、レリアが贔屓にしているのが分かる店だ。彼女の家の内装に通じるものがある。

 どうやら何度か来たことのあるらしいクロムは迷いのない歩みで店内をすたすたと進む。
 その向かう先を見て、高柳姉弟は目を輝かせた。
 二人の様子に気付かないまま、クロムはずらりと並んだ服を指差す。

「この中から服を適当に選、」
「きゃー!」
「……」

 いきなり叫んだ和巳に、うんざりした表情で沈黙だけ返される。
 だがそんなものは気にしない。目の前に広がる異世界の衣装たちを前に、テンションは高まる一方だ。
 興奮しながら駆け寄り服を手に取る。当然なのだが手になじむ感触がやけにリアルで、「うわぁ本物」と二人呟く。

「ねえねえ、これどうやって着るのかしら?」
「わー、ボタンとかベルトがいっぱいついてる! 意味あるのコレ?」
「……お前ら……」

 完璧に無視してはしゃぐ姉弟。
 だって! 和巳は興奮を隠せない。天然素材で出来た布が、現代日本では一部でよく見受けられるだろうデザインで仕立てられているのだ!  自分がこれを着るのだ、という実感はまったく湧かない。

(だってこれ、正直コスプレ……)

 興味はあるがやってみようとは思わない物の代表である。
 実際に普段着として着ている人間を前になかなかに失礼なことを考えていると、姉弟相手に話しかけることに疲れたらしく無視を決め込み 陳列棚を物色していた紅白もちが何着か手にして振り返った。
 嫌な予感が、薄っすらと。
 返ってくる反応が冷たいので徐々に冷静になってきた和巳に、クロムは手の中の商品を突き出してきた。

「これでいいだろ。サイズが合わないようなら同じ棚から合う物を」
「ええぇええ――!? 嫌よこんなファンタジーファッション!」

 嫌な予感が的中してしまい、盛大に声を上げる。
 和巳にとっては怖気しか走らない(だってアレを着るなんて!)服を手にしたクロムは、口を引きつらせ顔に青筋を浮かばせた。

「……ほう、自分が文句の言える立場だと?」
「そんな飾りとかいらないわよ! あっちにあるシンプルなのがいい!」

 たしかに自分は居候で金食い虫で迷惑をかけているのかもしれないが、譲れないものはある。プライドとか。
 クロムのちょうど背後にあたる位置に並べられた服を指差した。元の世界で着ていても許されそうな、 無地で飾り気の少ない服だ。  飾りがない分高くはないだろうし、趣味も悪くないように思う。紅白もちだって反対はしないだろう。
 自信たっぷりな和巳の指の先を、不満たっぷりな顔でクロムが振り返る。

「……」

 だが、和巳の期待と裏腹に返ってきたのは沈黙。後ろ頭しか見えないためはっきりとは分からないが、クロムはなにかと葛藤しているらしかった。
 何が気に食わないのだろうか。飾りやデザインに凝ってない分、安上がりなのではと考えたのだが。それともなにかブランド物だったり……? いや、そんな理由なら クロムが即座に否定しているだろう。何が、気に食わないのか。
 しばらく悩んでいる様子が続いたが、葛藤に蹴りがついたらしく重く長い溜息を吐いた。

「仕方ないな……何着か持って来い」

 しっし、と追いやられて大人しく従う。扱いは酷いが自分の意見は受け入れられたのだから無意味な抵抗はしないでおく。
 なるべく飾りが少なくて、長袖で……自分の許せる最低ラインの商品を選んでいる後ろで、クロムが大和に話しかけた。

「お前はどうする?」

 尋ねられた大和はしばらく考え込んでいたが、オレは適当なのでいいや、とすぐに自分の意見を放棄した。

「正直こっちの感覚って分かんないし」
「姉と違って賢明な判断だな」
「え、喧嘩? 買うわよ? ただし武力行使は無しで」
「誰が売るかもったいない」
「もったいないって何がよ」
「気力や時間やその他もろもろ、お前より価値のあるものたちが、だ」

 よーしその喧嘩買った。むしろ売ってないというならこっちが売ってやる……!
 はいはい落ち着こうねー。店内だからねー姉ちゃん。

 何故か機嫌が急降下したクロムを相手に、拳を振り上げ向かっていこうとする姉を背後から羽交い絞めにして宥める弟。

「買う相手もいないだろう。無駄なことはしていないでさっさと用事を済ませるぞ」

 見方によってはじゃれ付いているようにしか見えない二人に、それでも嫌味を投げかけるクロム。
 聞き捨てならない台詞も聞こえたが、用事、という単語でふと思い出し、怒りを納める。
 もともと感情の起伏が激しい性質なのを知っているおかげで、大和はすんなりと取り押さえていた姉の身体を放した。
 和巳はポケットに入れておいた紙切れと数枚の紙幣を確認。店内を見回し、女性店員の姿を探す。発見し次第歩み寄ろうとした所を目ざとく見つけた紅白もちに声をかられた。

「おい、勝手にうろつくな」
「うるさいわね……私が、直々に、レリアさんから、預かってるの!」

 一語一語を区切りながら、仕返しとばかりに嫌味ったらしく言ってやる。見せ付けてやるように、紙切れをひらひらと揺らしながらかざした。
 何をー? と首をかしげる弟とは違い紙切れの内容に心当たりがあったのか、渋々といった呈ではあったが紅白もちは大人しく引いた。
 さすが騎士の卵。一応デリカシーというものは身に着けているらしい。
 勝った、という優越感に少しだけ浸って、先ほど近づこうとした店員に再度歩み寄る。

「すみませーん」

 掛け声に、店員は控えめながらも上品な笑顔と共に振り向く。
 反射的に日本人の性とも言うべき愛想笑いを和巳も返しつつ、クロムに見せ付けた紙切れを差し出した。

「ここに書かれているものをお願いできますか?」

 ちゃんと見えるよう広げると、店員は「よろしいですか?」と一言断ってから紙切れを受け取った。
 和巳にはさっぱり読めない文字が並んだ紙にざっと目を通し「かしこまりました」と微笑まれる。さり気なくサイズを確認されたが当人に気付かれないあたりがプロの技。

「少々お待ちくださいね」

 素早く、けれど慌しい印象を与えない動きで去っていった店員の手に握られている紙には、 一部衣類や生活必需品などが書かれている。下着など、異性に任せるのは気が引ける(というか嫌な)ものだ。
 レリアはそれを買うのに過不足ないだけのお金と、店の人間に丸投げしても安心できる紙切れを出かける前に渡してくれた。 細やかな気遣いの出来る人である。
 店員を待っている間大和たちの方を見れば、こちらも今のうちにとそういう類を購入していた。
 しかし案の定というかなんというか、 大和はよく分かっていないらしく「まとめて買えばいいのに」「……少しは考えろ」など会話も漏れ聞こえる。
 これが赤の他人なら気付くことが出来た可能性も捨てきれないが、この状況なら永遠に無理だろう。

(それが、大和だもの)

 財布として手渡された袋を手元でもてあそびながら店員を待つ。紐の先に結ばれた赤い石がきらりと光った。



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お小言
服について葛藤するクロム君を書きたかったんです。
和巳的に許されるデザインはクロム的に許されないデザイン。
けれど安いから妥協する庶民派です。