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泣きたくなるほどの現実から、けれど目を逸らしてはならない。
泣けば涙で視界が滲む。だから泣いてはいけないのだ。


title/Not Showtime!


 買い物を一通り終えたその足で、既に滞在場所となったレリアの家へと向かう。昼過ぎに出かけてから随分と時が経っており、 すでに西日が差し込む時間帯になっていた。
 必要なものが生活必需品一式だったこと、さらに和巳と大和が珍しい建物や品物を見つけるたびにクロムを質問攻めにしていたためだ。
 だが一番疲労が窺えないのは和巳で、逆に最も疲れた様子なのは大和だった。
 ぐったりと、生気の欠けた声で大和が呟く。

「荷物……すごい量……」
「なによ大和、そのくらいで音を上げないの」

 ぐぅ、と奇妙なうなり声を漏らしただけでそれ以上反論はなかった。させなかった、というほうが正しいかもしれない。
 共同で使うものなどはクロムが運んでくれたりもしているが、和巳も自分のものは自分の力で運んでいる。服とはいえ大量に買えば結構な重さになるが、 だからといって他人に任せて良い訳ではない。
 クロムはあくまで案内役であるし、良好な関係でないとはいえ付き合ってくれているのだから頼むなんて図々しいにもほどがある。
 それに『たのむ』ということは『頼る』ということで、『たよる』とはすなわち『信頼』の表れだ。疑うばかりでカケラも信じていないこの少年に、 頼むなんてことはしたくなかった。
 二人の質問に呆れながらも答えてくれたりする所を見ればいい奴だと思うのだが、残念ながら和巳は根に持つタイプなのだ。 向こうも向こうで、相手はするが歩み寄ろうとはしない。

「あ、変な建物があるよ姉ちゃん。なんだろ?」
「……あれは教会だ」

 会話を交わす二人の視線が向くほうを見ようとして、はた、と気付く。

 眼鏡が、ない。

(あ、あれ?)

 軽く混乱する頭を必死に回転させる。
 今日は出かける前に眼鏡をかけた気がするのだが……。
 記憶をたどると確かに身に付けていたが、そういえば最後に寄った店で服を試着するときに外して――

「ごめん、眼鏡忘れたわ! ちょっと取ってくる」
「な、おい――」

 走るのに邪魔そうな荷物を足元に置くと、とめる声も聞かずに身を翻す。店からそう離れてはいない。すぐに戻ってくれば問題はないはずだ。
 身体の一部までとは言わないが、日常生活には欠かせないブツなのだ。その上、こちらで同じものが手に入るかどうか分からない。
 なんでそんな大事なものを忘れてしまったのか、数分前の自分を問いただしたい。

「すぐ戻るから!」

 振り返りながら叫ぶ和巳の視界に、荷物を足元に置いてこちらに駆け寄ろうとするクロムの姿が映る。
 心配ない、と再び口を開きかけたところでガタイのいい男にぶつかってしまった。

「きゃっ」

 結構な勢いでぶつかれば体の小さいほうが飛ばされるのは当然で、和巳は尻餅をついた。それでもぶつかってきた方は人と人の間を縫って去っていく。 見る見るうちに遠くなる背中に、謝りなさいよ――そう怒鳴ろうとして、気付く。
 腕にぶら下がっていた重みが、消えている。答えにたどり着くまで一瞬のタイムラグがあった。

 ――引ったくり!

 脳が理解するより早く立ち上がり、レリアに借りたロングスカートの裾をはためかせながら和巳は駆け出していた。

「っ、待ちなさい!」

 人様から頂いたものをそう易々と盗まれてたまるものかっ。


「おい、待て――!」

 少し遠くから響く静止も無視して、和巳はただひたすらに引ったくりの背中を追いかけた。



※※※



 大声で男を追いかける若い女を見なかったか、と問えばあの馬鹿の行方は簡単に知れた。
 しかし、大きな通りから少し逸れるだけで人通りは随分と減る。そこから先は人に尋ねて回ることも出来ないだろう。

「んの、馬鹿がっ……!」

 罵りを口にする間も足はとめない。ほぼノンストップで走り続けた おかげで息は荒いが、そうしなければやっていけない心情だった。
 止めようとしたクロムを無視して突っ走った挙句、 追いかけてみれば案の定「誘い込まれて」いるではないか。あの不審人物はクロムに一体どれだけの迷惑をかければ気が済むのだろう。
 いかにも田舎者な行動の数々に目を付けられていないはずがない。どんな世界で生きてきたかは知らないが、少なくとも あんな無自覚でいて生きていけるほどの治安の良さなどどこの国にもないのだ。

 土地勘もなく警戒心の薄い、さらに若い女となれば格好のエサだカモだあの馬鹿が!
 どうして僕がこんな必死に走らなきゃならない!

 一通り心の中で罵り、呼吸がある程度落ち着いたところで再び走り出す。
 今日一日歩き回っていたというのにそのうえ走らされれば息も切れるが、今は休む間も惜しい。
 走るうちにどんどん大通りから離れ人気の少ない入り組んだ道へ入り始める。

「分かれ道、か」

 どちらに行ったか――クロムは軽く目を閉じた。乱れた呼吸を整え、精神を集中させる。
 視界に映るのは瞼裏だけの暗闇で感覚を研ぎ澄ますと、一点だけ熱を感じる方向がある。周囲に人が居ないおかげでより感覚が鋭敏になり、はっきりと感じ取れる。
 覚えのある熱を自分の中に捕らえると、迷うことなくそちらへ針路をとった。
 火の魔術を得意とするクロムは魔力や精霊に対する感知能力が低い。だが、自分に近い属性なら感じ取れる。特に愛用している魔石というのは独特で分かりやすい。 その気配を辿れば魔石を持つ人間――つまりあの馬鹿に追いつくというわけだ。

(まさか本当に使うことになるとは)

 保険として魔石を結わえた財布を持たせておいてよかった。出来ることなら使いたくなどなかったというのに。
 ようするに迷子札代わりだが、その示す方向に嫌な予感がして眉をしかめた。ここから先にはなるべくなら進みたくない。 だが足の向かう先はそんなクロムの願いを真っ向から裏切ってくれる。
 徐々に狭くなる道幅、進むごとに暗くなり、嫌なにおいが鼻をつく。
 そうしてクロムが足を止めたのは、ゴミが錯乱し、建物の老朽も激しい一画――あの女は疫病神か何かなのか。

「あの、馬鹿が」

 苛立ちを隠そうともせずクロムは何度目になるか分からない罵りを口にした。思わず舌打ちが漏れる。
 ここはいわゆる貧民街であり、記憶が正しければ(そして変わっていなければ)その中でも特に『危ない』種類の人間がたむろしている位置だ。ただ貧しいだけではなく、 犯罪に手を染めた人間や他国からの流れ者や爪弾き者が集まっている。
 あの平和ボケした女には危険すぎる路地だ。

(あいつは自分の性別やら見た目を自覚してないのか?)

 知らず、ため息が口をついた。
 女であるというだけで別の意味の危険があるというのに、この近辺で見かけない顔立ちや肌の色。決して不快感は与えない奇異で 物珍しい異国風の外見は格好の餌だろう。無防備にもほどがある。

「……仕方ない」

 心の底から不本意だ。何故自分が動かなければならないのか。
 排除したいならこのまま放置すればいいだけの話だが、レリアに任された以上責任は果たさなければならない。
 こんなことで役立たずだと思われるのはそれこそ不本意だし、なにより個人としても寝覚めが悪い。
 軽く目を閉じ、深呼吸。再び目を開いたときには、既に気持ちの切り替えも済んでいる。
 念のためとはいえフードつきのコートを着て来たことは正解だった。
 動くのに支障がないギリギリの深さまでフードをかぶり、腰に下げた短剣の位置を確かめる。 いつも授業や実習で使っている長剣ではないが、この狭い場所では小回りのきくこちらの方が使い易いだろう。
 出来ることなら、二度と関わりたくなどなかったのに。

「まったく、手間をかけさせる」

 何年ぶりになるか分からない、数える気にもならない過去の住処へ、クロムは足を踏み入れた。



***



 勢いに任せて駆け出したのはいいものの、目標である引ったくりの姿を見失ってしまい和巳は途方にくれた。

「ここ、どこよ」

 正直に告白しよう――和巳は、迷っていた。
 もともと始めてきた場所で土地勘などあるはずもなく、 おまけに道は入り組んでいて、無我夢中で追いかけていた和巳にはとてもじゃないが自力で帰れないくらい迷ってしまった。
 これでも結構いいところまで追い詰めたと思ったのに……。
 そう思っていただけに諦めきれず、和巳はさらに奥まで足を動かした。
 大通りとはずいぶん違う雰囲気だったが、この世界の基準が分からないのでなんとも判断しづらい。 意外とこんな光景は普通なのかもしれなかった。

(確かこっちに曲がったはず――)

 果たしてその先に、男はいた。しかも、何をするでもなくぼーっと突っ立っている。

(人のものを盗んでおきながら、いい度胸じゃないのっ)

 無性に腹立たしい。怒りのままに駆け寄って捕まえたかったが抑える。今度こそ取り返してやるんだ。
 なるべく音を立てないようにそっと歩み寄り、この距離なら捕まえられると確信できる位置で声を荒げた。

「ちょっと、私の荷物返しなさい!」
「わぁ! わ、あわわわわわ」

 いきなりの大声にかなり間抜けな声を上げて飛び上がると、男は自分の真横にあった路地へ放り投げて今まで以上の俊足で逃げ去った。

「……は?」

 角の先に背中が消える。
 なんともあっけない追跡劇の終幕だが、目的は犯人の捕獲ではないのでこんなものだろう。そう言い聞かせて、 どこか納得いかない思いを無理矢理飲み下した。
 荷物が放置されているのは、人がすれ違える程度の幅しかない建物と建物の隙間。その突き当たりは 狭くて暗い。さすがに行くのは躊躇われたが、取り返さなければ今までの苦労が水の泡だ。
 引ったくりは逃げたのだし、全て解決、大団円じゃないか。
 何故か先ほどから絶えず込み上げてくる黒い不安の正体に疑問を抱いたまま、それを振り払うように しっかりとした足取りで紙袋を取りにいく。
 袋には砂汚れがついていたが中身に支障はないようだ。
 ほっと安心したのも束の間、背後から声をかけられる。

「まさかこんな簡単に釣れるなんて、いくらなんでも警戒心ってものが欠けすぎだぜ」
「にしてもねえちゃん、いい足してんなぁ」

 先ほどの男が仲間らしき男をもう一人連れて路地の入り口から和巳を眺めていた なにをしに戻ってきたのかは理解できないが、どうせ碌なことではないだろう。

「……なによ」
「おお、いいねその表情」
「可愛らしいかっこして男勝りだなぁ」 「屈服させたくなるぜ……」

 好き勝手に不快なことを述べる男たちに反論しようとした和巳の口をつぐませたのは、おもむろに取り出されたのはナイフだった。

「悪いが、一緒に来てもらおうか」

 愉快げな光が男たちの瞳にともる。和巳は自分の顔から血の気が引くのを感じた。
 男たちの目は、今手にしている凶器を遊びで扱っている人間の目ではない。
 遅まきながら自分の置かれた状況が想像以上に危険だと悟る。

(逃げなきゃ、危ない……?)

 逃げろ、と頭では分かっているのに、高校に入ってからは身体を動かしていなかったせいだろうか、思うような動きをしてくれない。目を一杯に開いてもう一度自分の 状況を見つめなおす。
 眼前に体躯のいい男が二人薄笑いを浮かべ立ちふさがり、後ろは背の高い塀、何かの建物らしき壁が左右を圧迫。
 背後に気をもむ必要はない、目の前の「障害物」だけに集中しろ――頭で何度叫んでも、手も足も引きつるような反応しか返してくれない。

(怖い、の?)

 今まで自覚していなかったそれを、一度自覚してしまえばあとは落ちるだけだ。

「くくっ、まさかここまで追いかけてくるなんてなァ……」
「っ、……!」

 いつものように口を開こうとして、細く長い、震えた呼気が漏れた。血が通っていないかのように身体が言うことをきかない。
 和巳の変化に目ざとく気付いた男が、下卑た笑いをさらに深くして言う。

「なんだい、怖いのかい?」
「――!」

 頬に血が集まるのを感じた。指摘されたことに泣きたいくらいの悔しさがこみ上げるが、それよりも激しい恐怖が身体を縛り付ける。
 気持ち悪い。身体を走る嫌悪感に吐き気を催して知らず知らず足が下がった。かつん、と何かを蹴る音――後ろを振り返ると壁にぶち当たった
 ちらちらと見せ付けられる鈍い輝きを放つナイフを目に入れたくなくて、和巳はぎゅっと目を瞑る。 どうしていいのか分からず、身構えるしか出来ない。
 怖い――――! 震える足がとうとう身体を支えきれずその場にへたり込む。男たちのにんまり顔が自分たちの成功を確信したその時。
 じゃり、と細かなコンクリートの破片を踏む音が、乱入者の登場を告げた。


「おい」


 にじむ幼さを、低くすることで抑えたような、この声は。

「連れに何か用か」

 深く下ろされたフードで、口元しか見えないけれど。
 薄い唇が自信に満ちた声を発した。

「悪いが、そいつは返してもらう」
「……んだと? ふざけてんのか、ガキ」

 顔のパーツで唯一見える口を、いつも以上に嫌味ったらしく歪ませた。
 安い挑発にクロムは乗らない――いや、乗った上でさらに挑発し返す。

「ふざけてなどいない、馬鹿が」

 言葉と同時、小柄な身体を生かした速さで懐に飛び込んだ。
 まさかいきなりここまで接近するとは思わなかったのだろう、反応する前に 流れるような動作で一人目が切り伏られ、すぐさま二人目に備え構えなおす。はらり、とフードが落ちた。
 日の光に晒されても艶めかない白と、反対に暗闇で自ら光放っているかのような、赤。
 一目見ただけで鮮烈に焼きつく色彩に、男の身体が信じられないものを見たように揺れた。

「おまえ、スチィルんとこの……!」
「黙れ。消えろ」

 問答無用とはまさにこのことか、と和巳が感心してしまうほど容赦なく、目の前の少年は短剣を薙いだ。

 一瞬だけ視界を横切った赤色の正体は何だろうか。

 そんなの、血に決まっているじゃないか、と頭の冷静な部分が告げる。当然だ、両刃の剣で峰打ちは出来ない。
 他人が傷ついている、血を流している。それでも和巳は安堵していた。
 ……何故だろう。

 動かなくなった二つの塊を見下ろす瞳には他人を傷つけた後悔や罪悪などは感じられず、奇妙なことに怪訝そうな表情が浮いていた。 他のことに気を取られている様子を不思議な思いで見つめるうちに、クロムは何かに気付いたように表情を変え、振り向く。
 入り口を塞がれる形となって出来た影のせいではなく気配を読んだのだろう、間を置かずに誰かが路こちらを覗き込んだ。
 のろのろと視線を向けると、呼吸と共に肩を大きく上下に揺らしながら路地の入り口に大和が姿を現していた。逆光のせいで表情がよく見えない。 ただ、切れ切れになにか言葉が聞こえる。

「……姉さん、は」
「無事だ」

 遠く薄皮を一枚隔てたような距離から耳に響く、やけに低い大和の声とクロムらしい簡潔な答え。
 現実味に欠けるはずの光景を前に、身体が震えた。
 突きつけられた凶器、理解できない会話、映画のような立ち回り。これら全てが、この世界に来たときとまったく同じ。
 あの時はあまりにも違いすぎて、焦りこそすれ、恐れは抱かなかった。だが、今の和巳はどうだろう。
 突きつけられた凶器に生命の危機を感じ、理解できない会話に苛立ちを覚え、助けに来てくれたと分かるからこそ立ち回りに安堵した。
 たった、五日で。この光景を、現実と認識して恐怖できるほどに――和巳は、この世界に慣れてしまったのだ。

(はやく)

 はやく、はやく。漠然とした焦燥が身体を駆け巡る。
 そう――ここは異世界。剣と魔法のファンタジーながら、そこに住まう人々には血が通い、自らの意思で生きている。
 和巳は今、そこで生きているのだ。
 生きている限り、慣れていく。適応していく。順応していく。……忘れていく。

(かえらなきゃ)

 真っ白な中ただひとつ浮かび上がった一言だけが、心にひどく濃い色を残して溶け消えた。

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お小言
タイトルは、「見世物じゃないよ!」の意味をこめて。
英語駄目人間木田が適当に付けたので信じちゃいけないよ(調べろや)
前の話とあわせてひとつにしようなんて、無謀だった(そうね)。