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 知識を得るにはまず本だ――自分にしてはなかなかの名案だと思ったのだが、問題が一つ。

「私、ここの文字読めない……」


title/意外と役立つ現国の授業


 思えば、二人きりというのは初めてだった。この姉弟はいつも一緒に居るイメージがあるせいで、今のこの状況は落ち着かない。

「ここが食堂。寮生はここで全て済ませることになる」
「結構広いね。おいしい?」
「食べれば分かる」

 クロムは大和と二人でヘルギウスの中を歩いていた。
 学校内を一通り案内をしたあと、編入生として口頭でいくつかの説明を受けるのだ。そしてその案内役をクロムが任された。
 レリアはもう少し慣れてから通わせるつもりだったのが、目の前にいる大和の強い希望で明日から通うことになったのだ。 昨日の一件で心境の変化が起きたのかもしれない。
 姉のほうはレリアの家に送って以来会話を交わしてないが、大和が聞いてもいないのに様子を話すので大体は把握している。

「やっぱりね、ショックだったことはショックだったみたい」
「そうか」
「ただ、落ち込んでも立ち直りの早い人だから大丈夫だと思う。今朝も元気だったし」
「そうか」
「空元気かなーとも考えたけど、空元気もいつか本物になるって歌が昔あったし」
「……そうか」
「そうなんだよ……」

 適当に相槌を打つが喋り続ける当人は他に何か言いたいことがあるようで、会話(というには一方的だったが)は途切れ大和は静かになった。
 促すわけでもなくクロムが待っていると、躊躇う様子を見せたものの結局は口を開いた。

「昨日のあの人たち、死んでないよね?」

 ずっとそれが気にかかっていたらしく、訊ねてから逸らされない目が必死な色を帯びている。
 そんなに心配せずともあの程度で人間は死なないし、少なくとも自分は致命傷になるような打撃は与えていない。
 だが――
 隣を歩く魔術師の卵に一瞥くれて、すぐに視線を前に戻す。

「……お前が何かしていない限りはな」

 挑発もかねて鎌をかけてみるが、大和はただ一言「そう」とだけ呟いてそれ以降押し黙った。
 姉と違ってあまり反抗しないその態度に、少しばかり苛立ちながら次の目的地へ向かった。





「クレイオ教諭、失礼します」
「あぁ、クロム君。待っていましたよ」

 書類を捲る手を止め、ヴェルデライト・E・クレイオ教諭は微笑んだ。
 書類机の上を簡単に片付けてから立ち上がり、二人を出迎える。今日行くことは事前に伝えていたため、用意はしてあったのだろう。 クレイオが手隙になったのを見計らって部屋の中へ進む。
 編入生――大和への説明をするのは彼の役目だった。レリアからクレイオに頼んだことで、大和の学生生活に関する責任は彼が持つことになったのだ。
 そんな面倒を引き受けたことに対して嫌そうにせず、クレイオはむしろ喜んで出迎えてくれた。

「こちらへどうぞ」

 椅子やテーブルのある奥の部屋を示されたので、大和に一声かけて扉をくぐった。ほぼ隣を歩いていた大和だが、 広がる空間に驚いたような顔をして足を止める。

「ここにある本は、一体?」

 ぐるり、と周囲を見渡して大和が口を開いた。クロムのような生徒には見慣れた光景だが、 初めての大和は少し驚いたようだった。確かにここの蔵書は、小さな図書館にも匹敵するだけの量と、 一部門においてはそれ以上に高等な専門書ばかりだ。

「あぁ、全て私の趣味ですよ。ご存知ですか、古典文学を」

 ほんの少しばかり気恥ずかしげに、けれども自分の趣味を問われてとてもうれしそうにクレイオは答える。

「手にとっても?」
「もちろん。ただ、そちらは原本なので内容が分からないと思いますけれど……」

 歴史研究家がいまだに完璧に解読できていない代物を、素人が見たところで単なる文字の羅列に過ぎない。 教諭もクロムもすぐに飽きるだろうとしばし待ったが、大和はなかなか本棚から目を離さない。むしろ興味深げに眺め、時には手にとって頁をめくっていく。
 読めるのではないかと錯覚しそうなほど、大和はそれらの書籍を『見て』いた。
 楽しそうに自慢のコレクションを見つめられて嬉しくなったのだろう、クレイオがさりげなく手元にあった翻訳本とその原本を差し出した。 おそらく今一番お気に入りの本なのだろう。
 クレイオは自分が集めた本を自慢こそしないが、普段彼がどんな風に扱っているのかを見れば、彼にとって古典文学がどれだけ大切なのかよく分かる。

「よければ一冊もって行きますか?」
「いいんですか?」
「えぇ、もちろん」

 迷うことなく原本のほうを受け取る大和に、クレイオは驚きクロムは眉をしかめた。

「読めるのか、お前」
「オレより、姉さんのほうが読むんじゃないかな」

 噛みあっていない返答に苛立つが、大和の言葉に誰より反応したのはクレイオ教諭だった。

「和巳さんが、読めるんですか?」
「へ? えぇ、まぁ読めるはずですけど……っていうか、これなら知ってると思いま」

 大和の言葉を最後まで聞かずクレイオは本の樹海のさらに奥へ向かった。今までクロムが見たなかで一番早い動きだった。
 そんな教諭の姿が視界から消える前、驚くことに、本棚の影からひょこりと和巳が顔を出した。

「あら、声聞こえたからもしかして、ってお――」

 偶然会った弟への言葉が途中で途切れた。
 クレイオがものすごい勢いで和巳の肩をつかんだためだ。

「和巳さん!」
「は、はいっ!」
「『吾輩は猫である!』」
「え……えと、『名前はまだない』……?」

 気おされて若干後ろに引きながら、クロムには理解できない質問に律儀に答える。
 戸惑いながらもちゃんと返ってきた答えは正しかったのか、ショックを受けた様子でふらついた。背景に雷が見えそうな雰囲気である。
 いまだに困惑した様子でクレイオを見つめていたが、てくてくと大和に近寄ってきた。自然、クロムとの距離も縮む。 なんとも言いがたい空気だが、互いに存在をないものとして気にしないことにした。
 ぶつぶつとなにかを呟いていたのも束の間、すぐに次の本を取り出して二人に示した。ちなみに、原本の方。

「こ、こっちのは?」
「芥川龍之介、鼻ね」「ああ、お坊さんの」「禅智内供の鼻といえば、でしょ」「芥川っていったらあとは羅生門とかくらいしか知らないな」「蜘蛛の糸は有名でしょ?」

「そ、それじゃあ……こっちのは!?」

「あ、高村光太郎。私好きなのよね」「『智恵子は東京に空がないという』?」「他にもあるわよ、檸檬哀歌とかモナ・リザは歩み去れり、とか」

 クロムは呆気に取られるばかりだ。翻訳本を見たことがある、というなら分かるが原本をすらすらと音読してしまうなんて。
 クレイオは興奮しきった様子で二人を質問攻めにする。

「あああぁぁ、貴方たちは、一体どこで古典……いいえ、これらの文学を読まれたのですっ?」
「学校」「授業」

 さらりと普通のことのように言えば、クレイオは絶句して立ち尽くした。
 二人は茫然自失状態の教諭を前に、棚に並ぶ本について語り合う。

「ジャンルの無節操っぷりが素敵ね」
「俺の知らない本もある」
「自分じゃなくて、人が読んでるのを見てただけだからタイトルしか知らないわ」

 あ、戯言があるー。こっちは指輪物語まであるわよ。

「和巳さん」
「はい?」
「文字を習いたい、ということでしたね?」
「ああ……」

 自分がここに来た理由を思い出したらしい和巳は、頷いてから言葉を続ける。

「ええ、それに調度いい教科書かなにかをお借りしたくて……」
「私が教えましょう」
「は?」「え?」

 突然の申し出に、和巳だけでなくクロムまで間抜けた声を出した。

「その代わり、と言っては何ですが、あなたの知る限りの古典文学について教えてください」

 そう言うクレイオ教諭の瞳は、きらきらと星のように輝いていた。



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お小言
あはは期限までにちゃんと書き上げられるのはこれが精一杯かな?
あはは死ねばいい!(徹夜でテンション高いです)
……翌日はカラオケなんだぜ田久保―――!