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title/とある魔術顧問の信条


 正規の利用時間を過ぎた図書館は当然ながら人気がなく、誰にも邪魔されることのない静寂の中で彼は黙考していた。
 本来なら六人がけの机をたった一人、広々と占有して仕事を続ける。
 普段は静かながらに人があちこちを歩き回っている館内。そこに一人しかいないというちょっとした非日常は、 慣れたとはいえ世界に一人しかいないような錯覚を起こさせる。
 陽射しから守るためのカーテンは十分にその役目を果たしており、室内から外の様子は伺えない。 ただ、そびえるように並んだ書棚から薫る紙のにおいが満ち、 人が通る通路に定期的な距離を置いて設置された蝋燭が淡い明かりを提供している。
 蝋燭の光度はデスクワークをするのには心もとない明るさだったが、どうせ書いたり読んだりするより考える時間に割かれるので 気にはならなかった。

 魔術顧問としてヘルギウスに招かれたのは六年前。前の年に妻を亡くしたショックと幼い娘二人を一人で育てなければ ならない現実に折り合いがつけられなかった頃のことだ。
 あの頃に比べれば、こうして安定した職について家族を養っていけるのはありがたい事実。しかしそれでも、 手にした書類を読むたび気分が悪くなるのを抑えられなかった。
 ほんの二、三枚の紙切れではあるが、こうやって頭痛するほど悩むには十分すぎる材料。
 何度目になるか分からないため息を吐いて、王宮騎士育成特別上級学校魔術顧問、シラー・ミディオンは髪を掻き揚げる。

 艶の失せた赤毛は邪魔にならない程度の長さで適当に切ってあるが、鏡を見ながら自分の手でざくざくと切ったために ざんばらな印象をぬぐえない。今度からは忠告どおり店に行こうとは思うが、いざ切るとなると人ごみの中を歩くのが面倒になって 同じ過ちを繰り返しそうだが考えないことにした。
 蛇のようだと称される瞳は淡い青で、髪と同じように艶と言うものがあまりない。

(やはり、アイズかサンゴが妥当か……)

 四年生の中でも比較的魔力の高いとされる生徒名と魔術の特性の一覧表に目を通しながら、何度も考えたことを反芻する。 名簿の中に武術特待生の名前もあったが、既にシラーの手で黒い線が引かれていた。
 名簿の下にある二枚目の書類を引き出してもう一度目を通す。
 四年生の魔術特待生を今月中に決定しろ、という主旨の通達だ。
 魔術特待生の不在が四ヶ月も続くのは異例のことであり、さらにその理由が一人の生徒の特出しすぎによるものとなれば 前代未聞である。実力が拮抗し合って誰にするか悩むならまだしも、候補生すらいない現状は ヘルギウス教師陣にとって今年一番の難問だった。
 今回の異常とも呼べる状態は、なにもクロム特待生という存在のせいだけではない。魔力の高さと言う点においてなら今までのレベルを考えればいないこともないのだ。 だが魔術を扱う上で最も必要なのは、魔力よりも適性である。

 水なら冷静さ、土なら柔軟性、風なら確固たる意思、炎なら情熱。

 それぞれの属性に見合った適性を持ちえるものこそ、魔術を磨きさらなる高みを目指すことが出来る。今年の四年生は、 どうもそれらが噛み合わない。
 その視点から見ればクロムは属性と適性が一致しているが、彼は魔術師である以上に剣士なのだ。中途半端に両方を教える よりは、自らの長所を伸ばすのに専念したほうが伸びるのは明白である。
 なにより、史上初の特待生兼任となれば相当な名誉だ。そんな称号をあの女の手駒に与えてはならない。
 レリア・アルテミス――あの飄々とした女策士からは、貴族と同じにおいがする。
 身寄りのなかった少年を引き取り、剣の才能を見出し通わせているだけ、なんて馬鹿げた理由だ。 ボランティアで出来るようなことではない。
 警戒しているのは、あの策士の行動理念が全く掴めないことにも原因がある。 分からない以上こちらの対策も限られてしまい、苛立ちは募るばかりだ。
 長い間掴んでいたために端がよれた紙切れに目を落とす。この問題について考えるとき、シラーの疲労は最高潮に達する。

(目下のところ検討中とでも書いて提出するか)

 望むらくはこのままを維持するか、数名いる有望株が成長するのを待つかしたいのだが、建国際までに決めなければ さすがに問題が出てくるだろう。
 つまり、建国際までは騙し騙し「魔術特待生不在」で通せるわけなのだが。
 先が思いやられる、と重いため息が漏れたところで自分に近づく人影に気付いた。見慣れた姿に姿勢をただし、軽い会釈をする。

「またつまらなさそうな顔をしておるのぅ、シラーや」

 耳障りではないやや高めのメゾソプラノ。濃灰色の髪を適当な長さでそろえ、椅子に座ったシラーと身長が同じくらいしかない小柄な人間。 一目見ただけで年齢は分からない。何故なら、瞳を隠す濃い色の巨大な色眼鏡をかけているからだ。
 よく言えばミステリアス、悪く言えば不審なその風体は、思春期の少女のようにも、大人の色香をかもし出しているようにも見えるから不思議だ。
 だが、シラーからしてみれば彼女はそのどちらでもない。

「こんな時間まで仕事とは熱心なことよ」

 言って、彼女は手にしていた燭台を机の上に乗せ、行儀悪くその隣に腰掛けた。
 にぃ、と白い歯を見せて笑う様は少女と呼べるほど無邪気ではなく、大人と表現するには子供っぽい。
 彼女こそ、この国の五指に入る巨大な図書館の副館長を長きに渡って勤める女性。 さらには老獪とも呼べる口調を己のものとしていることで余計に年齢不詳という印象を強く植え付けている。
 彼女の好意で遅い時間まで利用させてもらっているのだが、こうして会う機会は利用回数に比べて少なかった。

「……副館長のほうこそ、こんな時間まで珍しい」

 普段は他の司書が帰る前に一声かけ、一緒に図書館を出るパターンなのだ。
 なぁに、今日は週番だったのでな、と軽く返す彼女の手には見慣れないものが携えられている。
 色眼鏡をかけているため確信はもてないが、にたにたと 両端の持ち上がった口元を見る限り彼女がそれを見せびらかしたいのだということは明白だった。

「また妙なものをお持ちですね」

 魔術師らしく全身を黒で統一したシラーと違い、副館長は動きやすさを重視した軽装を身にまとっていた。 日ごとに趣味の異なる衣装を着るため出会うたび印象の変わる彼女こそが「奇妙」な存在だがそこは突っ込まないでおく。
 どうやらお気に入りらしい「それ」を誉められなかったことが気に食わないのだろう。副館長は鼻を鳴らして不満をあらわにした。

「妙なものとは、これまたひねくれた物言いだな。もうちっと可愛らしく言えんのか」
「言えません」

 即答したシラーに副館長はさらに面白くなさそうな顔をしたが、そんなことは気にならないくらい手にした「妙なもの」を自慢したいらしく、 紐の部分を肩に通してよく見えるように押し出してきた。

「何に見えるかえ?」

 弧を描く口元は紅を塗ってもいないのに赤い。どこかの怪談話にでも出てきそうな怪しさだが、戯言に付き合うのにも既に慣れた。
 ここで無視を続けたり適当な答えを返せば次回からこの図書館を利用させてもらえないだろうことは想像に難くない (職権乱用だ)ので、ぱっと見た感想を一言で述べる。

「鞄、ですか?」
「ふふん。館長から回収せよとのお達しでな、ちーとばかり学院内に足を運んだのよ」

 どうやらシラーの答えは正解だったらしいが、当てられたことへの残念さなど全く見せず『お披露目』を続けた。
 館長というのは当然この図書館の長のことを指すが、副館長である彼女以外の人間が会ったことはない。名前すら知らないのは おかしいと思うが、名乗れない事情があっても別段珍しいことではないので気にしていないようにしている。
 シラーとしては早いうちに話を切り上げたかったのだが、どうもまだこの話題から離れたくはないらしい副館長の様子に諦め、 もう一度それに視線を移す。
 四角く角ばった形に無機質な印象を与える布地に、肩紐と鞄を縫い付けてある部分には古典文字と思しき何かが刺繍してある。
 確かに形状としては鞄だが、厚手の紺生地とデザインはやはり見かけないものだった。
 さりとて、その鞄は特別何か感想を抱けるものでもないので、仕方なく他のことを訊ねる。

「あなたが学院に足を踏み入れるとは、また珍しいですね」

 これは素直な疑問であったがどうせ「暇だったから」「たまには良いかと思ったまでよ」と答えられるのだろうという予想に反し 珍しく困ったような顔と声が返ってきた。

「それがのぅ……何を怖がっているんだか、この鞄が放置してあった一帯に精霊が寄り付かなんだ。おかげで日ごろの運動不足も少しは解消されたかもしれん」

 たしかに学院内は広いかもしれないが、日々図書館にこもって日の光を浴びようとしない彼女の運動不足がそれごときで解消されるはずもない。
 やれやれ、といわんばかりに盛大な溜息をつく副館長はまるっきり無視して仕事に戻る。
 お披露目も気が済んだようだし、何か用があればあちらから再び話しかけてくる。そう踏んで再開した仕事は書類に一行目を通したあたりで中断された。

「そういえば、クレイオが面白い話を持ちかけてきてな、すぐに了承してやった」
「クレイオ教諭が?」

 ヘルギウス教師陣の中で知らぬ者はいない歴史教諭の名を出され、副館長の話に意識が傾く。

「うむ。なんでもアルテミスが連れてきた子供を編入させたいらしい」
「は?」

 常に唐突な副館長の発言にしてもそれはあまりに突飛だった。
 アルテミス? 子供? それはまるで、クロムと同じ、な。

「かなり山深い所に住んでいたようでな、国の事情にも疎く文字も読み書きできないらしい」

 あっさりとそんなことを言われ、シラーは口の端が引きつるのを感じた。

「……それでどうやって教えろと……?」
「読み書きなんぞ根性だ、根性。慣れれば覚える」

 それで出来たら世の中の初等教育に携わる人間は苦労しないのだろうが、ここで問うべきはそんな瑣末なことではない。
 どうやら副館長にとっても本題はそちらではなかったらしく、顔を真剣なものへと変えて腕を組んだ。

「それより気になるのはアルテミスの動きだ。あの小生意気な特待生だけでなくまた違う人間を学院に入れるとは……どんな考えがあるのか、はたまた考えなどないのか」

 そう、彼女もレリア・アルテミスという人間に疑いを抱く一人なのだ。
 だからといってクレイオ教諭の持ってきた話を断らないあたりは公平なのか愉快犯なのか。

「クロム特待生の支援をしているのと同じ理由なのでは? まぁ、そちらの目的も分からないわけですからなんとも言い難いですが」

 魔導研究界の期待を背負い、反魔導派からの圧力をのらりくらりとかわし続ける女史の動きはあまりにも読めない。
 今のところ有力と思われているのは、将来魔導が広まったと仮定した際の地位確保、 もしくは「魔導」そのものを世間に広めるための布石だが、話があまりにも遠大過ぎて現実味に欠ける。

「なんにしろ、警戒は強めるべきでしょう」

 またも悩みの種が増えたことに苛立ちを禁じえない。
 心中で呪いの言葉を吐き続けるシラーだったが、対する副館長はいまだ自分の思考から抜け出ていないようで、真剣な顔を崩さなかった。

「だがなぁ、シラー」

 ぽつり。落とすように口にされた囁きは二人きりの館内にやけに響いて、シラーは思わず上半分が色眼鏡で隠された 彼女の顔に視線を合わせる。
 語りかけられたのは確かにシラーだ。けれど、彼女の意識は他のところへ向かっている。そんな声だった。

「私はあの子を見ていると、どうもそんな理由ではないような気がするんだよ」

 レリア・アルテミスはあの子呼ばわりされるような歳ではないと思うが、年齢不詳の副館長がそう呼ぶことに違和感はない。

「では、なんだと言うんです」

 それが分かれば苦労はしない、と重いため息をついて問いかけたシラーに副館長は考えるそぶりを見せた。
 自分の中にあるものをまとめようと言葉を捜しているようにも見える。

「もっと……薄暗くて仄暗くてどっぷりと浸かれそうな深く暗い、けれど真っ白な想いだよ」

 しばらく待って口にされたのはあまりにも曖昧な感想で、シラーにはさっぱり理解できない。 当人にとってフィーリングに近いものがあるのだろう。戸惑いのようなものも伺える。
 シラーは眉が寄るのを隠しもせずに反論した。

「副館長の仰る事は意味が分かりません」
「お前はいつもそればかりだな。クレイオのように感受性というものを少しは身に着けんか」
「魔術を得手とする以上、それなりに日々磨いているつもりですが」

 お前は口を開けば嫌味ばかりだな、と口をへの字に曲げて副館長が眉をしかめた。しっし、と追い払うように手が揺れる。

「さっさと帰ってやれ。お前の娘たちも帰りを待っているだろうよ」

 心底嫌そうな顔をしながら掛けられた言葉は意外にも気遣いを含んでおり、時計に目をやれば確かに遅い時間だった。
 そうなれば考える必要などなく、てきぱきと書類を片付け鞄につめる。当然、副館長が持っているような奇妙な形ではなく一般的に広く出回っているものだ。

「そうさせていただきます」

 手際よく荷物をまとめ立ち上がると、そっけない挨拶を残してシラーはさっさと出口に向かった。
 長身のシラーは常にその憎たらしいほど長い足で他人を置いてけぼりにするが、今日はいつもより歩調が若干速い。今なら、急げば就寝前の娘たちにおやすみの一言をいう時間は あるはずだ。

「若いのぅ」

 あっという間に扉の向こうへ消えたシラーの背中を見送る副館長の顔に浮かぶのは、色眼鏡のせいで少し歪んで見える苦笑だった。
 一人になってしまった図書館で、小さく口を動かす。すると一定の距離で配置されていた蝋燭がいっせいに消え、 彼女の手元に置かれた蝋燭の小さな灯りだけとなった。
 あたりは暗闇と静寂が支配しており、締め切った館内には外で鳴く虫の音も、月の明かりすら遠い。 生き物の気配が感じられない独特の冷たさは『普通』の枠から外れた彼女を慰めるように心地よかった。
 シラーが先程まで仕事机として使っていた机の上に腰を乗せ、ゆらゆらと揺れる頼りない蝋燭の炎を見つめる。
 よく分からないとすっぱり切られた自分の意見。確かに言葉は足りなかったかもしれないが、感じたままを伝えたところで やはり首を傾げられるのだろう。
 予想がつくからこそ口を閉ざす。
 けれどレリア・アルテミスという人間へ抱いた自分の印象は間違っていないと思う。直感、とでも言おうか。

「似ているんだよ」

 そっと、呟くように。大事な大事な何かを口にするように。

「とても似ている……」

 燭台を手に勢いよく机から降りると、腕を振った拍子に灯りが消える。図書館は完璧な暗闇へと転じ、床に着地するかつん、という足音が一度だけ響いた。

「……報われない、思慕に」

 密やかに漏らした囁きは誰に聞きとがめられることもなく、姿もろとも闇へと消えた。

 それは、異世界の子供らが理由なく招かれた始まりの日。
 様々な思惑と疑惑が入り混じった、プロローグの裏側、その欠片。



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お小言
一年(と約二週間)かけてようやくここまで。
まだメイン出揃ってないよあはは馬鹿が居る。
今度はあまり、その、そこまで長くは……(合言葉はー?)(予定は未定!)