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 好奇心に満ちた瞳は興奮を隠し切れないようで、それをまっすぐに受ける身としてはかなり居心地が悪い。
 ひそやかに、ときには堂々と交わされる会話の間も逸らされない視線に、大和は早くもくじけそうだった。


title/編入生


「ねぇ、いままでどこに住んでたの?」
「ヤマト、って珍しい名前だよな! どういう意味なんだ?」
「どうして編入なんてしてきたの?」
「えぇぇぇ……と」

 転校生や編入生というのは、とにもかくにもよく目立つ。今まではその“目立つ存在”を受け入れる側だったヤマトは、質問の嵐という猛攻にどう対処すればよいのかわからず目を回した。
 答えあぐねている間にも次々と浴びせられる質問は、はじめから答えなど必要としていないかのように見えてそうでもない。問いを口にした生徒はずっと期待で輝いた瞳で答えを強要しているし、黙って事の成り行きを眺める生徒だって似たようなものだ。

(い、痛い……! 視線が痛い……!)

 熱のこもった集団の視線も、無意識のうちに身を引きかけるほど恐ろしかったが、それ以上に痛いのは背後から突き刺さる、炎の目を持つ少年の視線。

(視線が凶器になるってホントの話だったんだ……!)

 余計なことは言うな、なんて月並みだけどやっぱり怖い脅しに加え、完全には信用していない自分たちの正体についてなにかポロリと零すかもしれない、なんて考えもあるのだろう。
 正直に異世界から来ました、と告げた所で信じてくれないのは確かだし、余計疑われても困るのでこの事実に関してはひたすら伏せると姉弟で話し合った。
 保護者兼後見人であるレリアにも確認して、自分たちの立場は把握している。

(でもやっぱり、失敗したかも……)

 生徒に囲まれる前に一通り済ませた転校生お決まりの「自己紹介」を思い出しながら、心の中で深い溜息をついた。



※※※



 予定より早く編入することになったため仕立てが間に合わず、大和は卒業生の制服を借りて登校することになった。ひょろりと背の高い彼が着ると腰回りや胸の辺りの布がだいぶ余った。

(まだオレ中学生だから、ほら、筋トレとか出来ないんだよ大丈夫まだ成長期は長い……!)

 彼なりのコンプレックスに対する慰めを心中で展開し薄っぺらい自分の身体から目を逸らしたのは記憶に新しい。
 担任だという女性教師に連れられて扉をくぐる前から、視線の嵐は予想していた。
 編入生の存在は事前に教えられていたのだろう彼らは、興味津々といった呈で大和を見つめている。あぁ胃が痛い。
 女性教師が一通りの説明を終えたあと、大和が一人教壇の上に取り残される。新しい顔ぶれが入ってくるのだ、やることは唯ひとつ……自己紹介である。
 突き刺さる好奇心が、心臓を跳ね上げさせる。大丈夫、大丈夫と意味もなく言い聞かせ、震えないようにとそれだけを祈って唇が動く。

『大和・高柳です』

 それだけの名乗りが心に余裕を生んで、少しだけ心が軽くなる。
 次いで軽く頭を下げると、妙な生き物でも見るような視線を返された。どうやら会釈の文化はないらしい。
 多くの外国で通じないと言われているが、しかし染み付いた癖が抜けるはずもなく。
 奇異の目を向けられている事実が背中に嫌な汗をかかせる。
 このくらいなんだっていうんだ。今から大和が口にする言葉は、この怪訝そうな表情を吹き飛ばす威力を持っているのだ。怯んではいけない。
 緊張で堅くなっている手を胸に当て、虚実入り混じった自己紹介を続けた。

『この国の人には馴染みのない、海の向こうにある国から来ました』

 予想していた通り、ざわめきが一層大きなものとなる。あからさまに不審そうな顔をする者、この国の人間と少し違う大和の顔立ちに納得する者――反応は様々だったが、彼を異邦人と印象付けるには十分なインパクトだったことは確かだ。

『文化とか常識とかも色々違っていると思うので、多少変わったことをしていてもあまり気にしないでいてください』

 納得した顔がちらほらと見受けられたが、それ以上に興味や好奇心で上塗りされた無駄にキラキラ輝く顔が多い。
 大和は自棄になりながら、姉譲りの、けれどまだぎこちない愛想笑いを披露した。



※※※



 質問攻めになるのは覚悟していた。たまにやってくる転校生というのはたいてい「自分たちの知らないことを知っている」ものだ。そもそも学生というのは行動範囲が限られているし、その行動範囲の外であるよその土地から来た同い年の子供へ興味を持つのは至極まっとうで当然の心理ではある。

(でも、これは異常。絶対に異常だ)

 しどろもどろになりながら答えられる範囲で質問に答える努力を試みるが、一つ答えるたびにまた別の問いが飛んでくるので間に合わない。
 気おくれして話しかけてもらえないよりはマシかもしれないが、これはこれで辛いものがある。自分の話を聞いてもらえないことには(姉のおかげで)慣れているが、大和は聖徳太子でないのだから多人数の話を一斉に理解できるはずもなく、自分でも与り知らないところで話が膨らんでいく。
 それらを笑って適当にごまかしながら、間合いを見計らって差しさわりのない答えを口にする。
 答えるべきではない質問を流すことが出来るのは救いだが、この勢いに押されて答えてしまわないとも限らない。

(駄目だ)

 机の下で、手の甲に爪を立てた。唐突に怖くなったのだ。
 自分が失言することで危うくなるのが自分の立場だけならまだいい。けれどそれは姉の立ち位置にも関わってくる。だから、安易な考えやその場の勢いで動いてはいけない。

 姉も言っていたではないか、『まずは帰ることを考える』と。

 自分たち二人は姉弟で、この世界では唯一無二の家族で、一蓮托生なのだ。

「一時間目は地理だよ」
「地理の先生怖いから気をつけないと駄目だぜ」
「へぇ、そうなんだ?」

 平坦に聞こえないよう注意を払って愛想良く話に乗る。
 授業の時間割や体制が自分のいた国と酷似しているのは気になったが、どこへ行っても注目されるこの現状ではそんなことを気にしていられそうにもない。

(……きっとくる、人の切れ目と車の波っ)

 正確には「きっと来る、車の切れ目と人の波」という標語だが、前後を入れ替えただけで大和には十分な慰めだった。
 元より人見知りする性質なのだ。大和としては、注目を浴びて知らない人間と会話を続ける苦痛を乗り越えるために必死である。
 事前に聞いてはいたが、編入生というのはよほど珍しい存在なのだろう。もし自分の年齢に見合った学年――つまりもう一つ下の学年に編入していれば、知り合いのいないこの状況でたった一人耐えねばならなかったのだ。
 想像しただけでぞっとしない事態に口の端を引きつらせつつ、生徒の視線から逃れるように顔を少しだけうつむかせた。

「どうかしたの? 具合でも悪い?」
「元気ですかぁ?」
「あ、うん、大丈夫。なんでもないから」

 へらり、と笑みを見せてなんでもない風を装う。
 具合が悪いからそっとしておいて、なんて答えたら保健室とかに連れて行かれそうな雰囲気だである。おまけに『転校生は体が弱い』とか噂が立ちそうで怖い。健全な中学男子、なけなしのプライドにかけて避けたい噂だ。
 人と人の間からかろうじで見える小柄な少年に視線を走らせる。大和に注意を向けることに飽きたのか、大和にはさっぱり理解できない文字で書かれた本に目を落としていた。
 何か困ったことがあったら、クロム君に頼るといいですよ――朝、登校前にレリアから言われた言葉が鮮明によみがえった。

「ちょっとゴメン」

 一言断りを入れて席を立つ。
 話の腰を折ることになるのを多少申し訳なく感じたが、これ以上囲まれていては息が詰まるし動きにくい。
 え、なに、どこ行くの? 案内するよ? 大丈夫? 次々にかけられる声の全てに曖昧な答えを返す。少し動いただけでこの反応。まるで珍獣扱いだ。
 囲いの一部が開かれ、大和の瞳が紙のように真っ白な短衣とポニーテールをはっきりと捕らえた。
 人目を引く姿をした少年の元へ後ろを振り返らないようにして小走りで駆け寄り、しっかりとした声で名前を呼ぶ。

「クロムっ」

 知り合いだとは思わなかったのだろう、大和の席の周囲に群がっていた生徒は驚いた様子で二人を見ている。異国からの編入生と近寄りがたい特待生の関係について会話が交わされている気配を感じたが、それらは全て意識の外に追いやった。
 他人の席だが勝手に椅子を引いて座り、小さめの声で話しかける。

「どーしてこんなにはしゃいでるのみんなっ」
「お前が警戒心の薄そうな間抜け面をしているからだろう」
「助けて」

 邪険に扱われるのは承知で助けを求める。頼りになるのはこの少年だけだ。

「そんな義理はない。自分でなんとかしろ」

 ……邪険どころか相手にもされなかった。

「お願い助けて」
「断る。そして離れろ。僕まで巻き込まれる」
「そんなこと言わずに」

 どうにかしてこの苦境から逃れるため、大和の思考は必死に解決策を探した。
 なにか、この少年に『協力』を促すことの出来る手札が自分にないだろうか。駆け引きなんて得意じゃないし胃が痛くなるだけだけれど、このままではストレスでHPゼロ確実である。

 ――そうだ。

 背後から生徒たちがやって来そうな焦りに押されて、ぱっとひらめく。


「……ねぇ、“もち”の意味、知りたくない?」


 ポツリとこぼした言葉に少しだけ揺れた肩。横手から覗き込んだ顔は、ひどく不機嫌そうでもあり悔しそうでもある。
 しばし悩むような間を挟み、舌打ちでも聞こえてきそうな態度で席を立つ。眉間に寄った皺が不服であると語っていたが、それでも一、二冊の本を引き出しから取り出して大和の机の隣へ歩み寄った。
 バシ、と小気味良い音を立てて教科書とノートのセットと思しき冊子が机に叩きつけられる。明らかに怒っているクロムにびくつき、顔から血の気が引く。なんだか失敗したような気がする。
 どうしようどうしよう、とぐるぐる考えている大和の脳裏に、命綱が千切れて闇に落ちていく自分の姿が描き出される。リアルすぎて怖い。

「……早く用意しろ」

 かけられた言葉に驚き、思わず隣にたたずんでいる人間に視線を向けた。
 見上げた先に待っていたのは、無表情のなか、やけにおどろおどろしく輝きを放ちながら自分を見下ろす赤い炎のような瞳だった。

「一限は移動だ。さっさと用意しろ」

 それが、クロムの返答だった。
 千切れたと思った命綱だが、どうやら地面は意外と近かったらしい。



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お小言
もちに助けられた話。自分にしてはよくやった。内容でなく速さ的に(約三日)。
この調子で次もいけたら、ずっとこの速さでいけるような気がする。
けど無理な気がする(どっちだ)。