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 与えられたのはふくらはぎを半分隠すほど長い白衣と、艶のない白い石が象嵌されたシンプルな指輪。
 白衣はともかく指輪を渡されたことに首をかしげる和巳へ、お揃いですよ、とレリアは腕輪をかかげて見せた。
 確かに、彼女の腕輪にはめ込まれた石と和巳が渡された指輪の石は同じもののようだった。
 ……いや、だから。
 どうして、指輪? という疑問は、最後まで口に出されることなく和巳は研究院デビューを果たすこととなった。


title/新入り


 今日、まさにこれから働くことになる「研究院」へと向かう道すがら、和巳は渡された指輪を様々な角度から観賞していた。
 眼鏡をずらして目の前に持ってきたり、どこかになにか彫られていないか探したり、光らないかなー、と日にかざしてみたり。まるで新しいおもちゃを手に入れた子供のようである。
 思う様観察したところで抱いたのは、なんとも色気のない感想だった。

(これ、仕事しにくいと思うんだけど)

 意味もなく指を曲げたり伸ばしたりを繰り返しながら、胸中で呟く。実際、慣れない指輪の感触は肌に意識を集中させてしまい、落ち着かない。
 とはいえ、保護者兼上司にはめるよう言われれば逆らえるわけもなく。
 持ち上げた手のひらの隙間越しに、前を歩く水色の瞳を持った上司の背中に視線を合わせた。
 初めて会ったときと同じ、丈が短めの白衣。

(ほんと、なに考えてるんだか)

 なにを考えているのかさっぱり読めない上司に気付かれないようそっとため息を漏らす。

(……あぁぁぁ、気が重い……)

 これから、未知の領域といっても過言ではない場所に身を置くのだという事実に近づいていく足までもが重く感じられた。
 レリアからは、二人のお披露目を翌日に控えた昨夜のうちにいくつかの注意事項を言い渡されてある。
 和巳が働くことになった経緯は簡単に話してあるということ、学院の敷地内に不法侵入したことは黙っておくこと(それは当然なのだが)。最後に、自己紹介で名乗るときに家名は必要ないということ。
 最後のひとつに関してはよく分からなかったが、何か事情があるのだろう、と自分に納得させておく。

「そうそう、和巳さん」

 この先に待ち受ける新しい『世界』についてとりとめもなく考えていると、振り返ったレリアに名前を呼ばれた。向けられた水色の瞳が和巳の茶眼を捉える。

「あ、はい」

 和巳は、歩みは止めぬままに話す態勢にに入ったレリアに小走りで駆け寄り、その隣に並んだ。それをきちんと見届けてから、レリアはこれからの生活で重要になるであろう事項を告げた。

「私は研究院を空けることが多いので、そのときは代理の研究員の指示に従ってくださいね」
「……空けるって、どのくらいの頻度ですか?」
「少なくとも月に三回、多いときは半月ほど研究院に戻らないこともあります」

 予想していた以上の頻度の高さに驚いた表情を見せる和巳に、困ったような笑みを浮かべながらレリアは言葉を返す。

「研究に専念したいのというのが本音ですが、そうもいかないのが院長という立場です」

 院長といえば、安っぽい言い方ではあるが研究院をまとめる一番偉い人、なのだろう。その響きだけで多忙そうなイメージはあるが、具体的にどう忙しいのかは分からない。

「主に国外になりますが、他の研究所との意見交換や交流は私一人でやっているんですよ。論文をまとめるのは彼女たち手伝ってもらいますが、外向的な仕事にメインの研究から人員を裂くのは避けたいんです」

 もっともらしい理由だ。しかし、レリア以外の研究員だって外で学ぶことも時には必要なのではないだろうか。
 首をひねる和巳を余所に、研究院の院長はポツリとこぼした。

「……魔導研究がもう少し落ち着けば、連れて行きたいんですが」

 残念で仕方ない、といった様子で物憂げに呟いた若き院長の言葉には、妙な深みがあった。この引っかかる感覚は、以前にも経験したことがあるような……。
 思い返そうと記憶を手繰り始めたところで、和巳の思考は止められる。

「着きましたよ」

 レリアはあっさりと、躊躇いなく入り口へ歩み寄る。当たり前だ、彼女にとっては通いなれた職場、己が城なのだから。
 隣を歩いていた和巳は少し速度を落とし、後ろに下がった。扉のない、ただ壁に穴を開けただけの出入り口には並んでくぐれるほどの幅はない。

(レリアさんにどんな思惑があって私たちを引き込んだのかはわからない。でも)

 歩く姿ですら洗練され、優雅な印象を与える、碧眼と呼ぶには少しばかり薄い色素の瞳。土色の髪を女性らしくシンプルにまとめ、柔和に微笑む姿と相まって、穏やかさだとか親しみやすさだとかを真っ先に抱かせる美女。
 けれど和巳は知っている。彼女の瞳の奥には思惑があり、計算があり、確かな策士の色があることを。

(そっちが私たちを利用する気なら、私だってそうさせてもらう)

 つい先日訪れたのとは違う一室。客人をもてなすための部屋ではなく、研究の中枢であるはずの部屋。

(なんとしても、帰るのよ)

 初めて会ったときとなんら変わらぬ白衣の背中を、これから自分が身を置く場所であり組織でもある『研究院』の入り口をくぐりながら、和巳は睨みすえた。

※※※

 レリアと和巳以外には二人、以前紹介された人形めいた少女と初めて見る顔――こちらは女性だ――しかいない状況で、和巳は自分の身体が緊張で硬くなるのを否が応でも感じた。
 にこにこと隣で笑うレリアは、ただ一言『今日から入る新人さんです』とだけ告げ、その先は何も言わず和巳が口を開くのを待っている。

(自己紹介しろ、ってことよね……)

 いつもより早い鼓動を感じながら、いつもと同じ愛想笑いを表情に載せる。
 名乗るときは堂々と。それだけを胸に、事前に用意していたあいさつを読み上げるように口にした。

「和巳です。ここで雑用として働くことになりました。まだこちらの生活に慣れていないので、ご迷惑をおかけすることが多々あると思いますが、よろしくお願いします」

 決して滑らかとはいえない、学生らしい堅さとぎこちなさのうかがえる挨拶。それを言い終えてゆっくりと頭を下げた。
 噛まずつかえず言えた事に一息つくまもなく、上司は紫眼の少女に近づき「紹介しますね」といまだ人形のような無表情を崩さない彼女を示した。

「えっと、でも前に一度」
「前回は客人として紹介しましたが、今回は同僚として、ですよ」

 有無を言わさず笑顔で言い切って、レリアは少女に続きを促す。
 一向に変化しない表情からはなにも読み取れず、和巳の心に妙な焦燥を生んだ。

「ラスエルです」

 そっけないワイン色の瞳に見返され、言葉に詰まる。……やはり、彼女からはどこぞの紅白もちと同じにおいがする。
 人形のような無表情にたじろぎながら、よろしくお願いします、と頭を下げれば「はい」と短い返答。相変わらず敵意は感じられないが、しかし親しみもないようだ。
 これから一緒に働くことになるのだから、なるべく人間関係は円滑にしておきたい和巳の思いを真っ向から打ち砕く勢いである。

(ま、負けられるか……!)

 くじけちゃいけないっ、と堅く拳を握る和巳を余所に、レリアはもう一人の研究員に意識を向ける。

「こちらはロゼ。副院長でもあるんですよ」

 レリアが手で示したのは、和巳と同じように裾が長めの白衣をまとった女性である。

「しばらくはロゼに付いていて下さい。仕事を覚えるには彼女の傍にいるのが一番の近道でしょうから」
「はい、分かりました」

 緊張の抜けきらぬまま、しかし優等生然とした和巳の答えに満足した様子でレリアはうなずき、ロゼと呼ばれた副院長に一言なにかを告げて軽やかに去っていく。
 慣れぬ場所で初対面の人間と相対することへの不安を振り払い、よろしくお願いします、と下げた頭を元に戻す。
 背筋をまっすぐに伸ばして和巳が見たのは、眉尻の下がった薄桃色の瞳に、薄青色の髪をうなじがみえる短さで整えた女性。レリアほどではないが、身長は和巳よりも高い。

「話は聞いてたよ。ロゼだ」

 いたずらっぽく持ち上がった口の端が魅力的に見える、人好きのする笑顔で彼女は名乗った。差し出された手を握り返せば、「よろしく」とはっきり聞こえる歓迎の言葉が返ってくる。
 レリアとはまた違った意味で大人の空気をまとうロゼは、手を放したあとも嫌味のない気安さで話を続けた。

「今日は院長を含めて三人しかいないけど、他にも何人かいるんだ。私や彼女みたいに毎日来る正規の研究員じゃなくて、週に何回か来る……まぁ、臨時の研究員が二人」
「臨時、なんですか?」
「週に二、三回しか来れないんだよ。副業を持っている人たちだからね。あとは、和巳さんみたいに雑用として働きに来ている人が一人」

 となると、院長のレリアも含めて合計五人になる。この研究院は新設で人手不足だと聞いていたので軽い驚きを覚え、思わず声に出してしまった。

「私のほかにも雑用担当がいるんですか?」
「いるよ。ただし、その人は研究に関するお手伝いじゃなくて研究院の面倒を見てくれてるんだ。掃除とか、食事とかね」

 となれば、家政婦のようなものと思って間違いないだろう。なるほど、直接研究に携わっているのが総員五人で、しかもそのうち二人は臨時、一人は研究以外でも忙しい院長となれば実質的な研究員は二人。慢性的な人手不足にもなろう。
 ゆっくりとした動きでロゼが移動を始めたので付いていく間も、彼女は会話を続ける。

「和巳さんは研究の手伝い兼雑用、ってことでいいんだよね?」
「はい。そう聞いています」

 和巳がうなずくと、ロゼは少し考え込むそぶりをみせた。

「雑用ってことはラスエルの方も声をかけるかもしれないけど……まぁ、可能性は低いかな」
「はぁ……」

 その曖昧な返答に微妙な空気を汲み取ったのか、ロゼは苦笑を見せながら慣れた様にフォローを入れた。

「ラスエルは、人付き合いが苦手な子なんだよ。慣れるまで結構かかるかもしれないね」
「そう、なんですか」

 複雑な面持ちでなんとかそれだけを口にする。
 人付き合いが苦手だとか、人見知りだとか。そんな言葉で割り切れるほどラスエルの態度は易しいものではなかったし、和巳は大人でなかった。
 ただ、元の世界に返るまでの辛抱だ――そう自分に言い聞かせて、耐える。
 なんとしてでも、大和と一緒に帰るのだ。方法など見当もつかないしどれくらい時間がかかるのかも分からない。手がかりはあっても、どう活用すればいいのか分からない。長い長い道のり。
 だからこそ、この程度でへこたれていてはいけない。

(やらなきゃいけないことは、たくさんあるのよ)

 優先順位を間違うな。自分のやるべきことを把握しろ。ここに来てから何度目になるか分からない自己暗示を繰り返す。
 沈みかけた思考に気合を入れるべく、眼を閉じて胸のうちで数字を数え始めた。
 1、2、3――。

「――よしっ」

 決意を小さな呟きに込めて、和巳は茶色の双眸を大きく開く。
 現実を見据えるために、この目はある。前を見て、一歩でも確実に進むために、だ。

(帰ることだけを、考えて)

 和巳と大和の、この世界での身の振り方が決まったあのお茶会で、自分は弟にそう言った。
 これはファンタジー小説ではなくて現実だ。御伽噺のように助けてくれる王子様もいなければ、自分たちに役目や力があってこの世界にいるわけではない。
 だから、考えることは一つ――帰る、ただそれだけ。
 持ち直した和巳は視線を戻した。
 その、一人百面相をしている様子をロゼは不思議そうに見つめていたが、和巳の意識が自分に向いたのを感じたのか話を再開する。

「それじゃ、簡単に説明するよ」
「はい!」

 威勢のよい返事に軽く笑われるが、その笑いも悪意あるものではなかったので悪い気はしない。恥ずかしくはあるが。
 これから、和巳の勝負が始まるのだ。気合を入れずにいられるものか。
 和巳はよろしくお願いします、と笑ってロゼの顔を見返したが、彼女の顔に浮かぶ笑みは、先ほどよりも深い。
 内心で強がってはみせたものの、火照る顔だけは、どうやら隠せはしなかったようだ。

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お小言
第二部年内終了なんてほざいてたのはどの口でしょうかね!
思い返せば遅筆は小五のころから変わっていませんでした!
成長してないってなんて最悪なんでしょうね!