×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

 正直に告白しよう。大和は英語が苦手である。
 英語に限らず日本語以外の言語を学ぶのは面倒極まりないので御免被りたいのだが、しかし、

「オレは日本で生きてくから平気なの!」

 という使い古された言い訳が果たしてここでも通じるのかと言うと――答えは当然、

「"No"、だよなぁ……」


title/雷鳴


 その日、この世界に来てから初めての雨が降っていた。
 しとしとと静かに降り続く雨は整備されていない地面の色を変え、夏に向けて緩やかに上昇しつつあった気温を落ち着かせた。

「朝からずっと雨ねぇ」
「夜まで続きそうだってさっき聞いたぜ」

 すれ違った下級生らしき生徒の会話に意識をほんの少し取られながらも、大和は昼食休みで賑やかな廊下をゆったりと歩く。
 時折吹く風も冷たさと湿気をはらみ、空気全体が日本でいう梅雨の空気を思い出させる。
 御伽噺のアラビアンナイトを髣髴とさせる建造物から、砂漠などの乾いた土地のイメージを持っていた大和の予想はいい意味で裏切られた。
 内陸ゆえの昼夜の寒暖差こそあれど国内は年間通して安定した気温と気候で、降水量は無駄遣いしなければ生活に問題ない程度であるらしく、この雨に対しても過剰な反応はなかった。

「精霊の恩恵、かぁ……」

 『雨、ふるんだねぇ』と驚きを隠せなかった大和に、意外と世話焼きな本性を隠さなくなってきたクロムが、呆れながらも懇切丁寧に説明してくれた。

 ――精霊の力を借りてその土が持てる最大の栄養を引き出し、それを持続させることによって豊かな土壌を得たんだ。

 その力でもともと農耕向きの土地を重点的に開拓し生産能率の向上を図ったり、自国の気候と風土に合った食物への研究を積極的に行うなどの努力も怠らなかった先人も偉大ではあるが、やはり精霊の存在は大和が考える以上に大きいのだろう。
 精霊だなんて、元の世界では冗談のようにしか聞こえない存在が『いる』ことは疑いようのない事実だと自身の目で確かめた今でも、どこか受け入れがたいと感じてしまうのは仕方のないことだ。

(……慣れなくてもいいんだけど)

 突如として変化した世界についていけないのは、そう、仕方のないことなのだ。
 誰かに責められているわけでもないのに、言い訳じみた考えが、ぽつり、ぽつりと浮かんでは染みていく。
 雨のような感情だ、と頭をよぎったのが悪かった。
 先ほどからはしゃぐように飛び跳ね、それでも一定の距離を保っていた気配がぐっと近づき足元へ這うようにまとわり付いてくるのを肌で感じた。呼ばれたとでも思ったのか。

(はなし、かけるな)

 胸中に浮かんだのは強い拒絶の言葉。廊下ですれ違う生徒たちに不審がられぬよう、顔を伏せてから眉を寄せる。
 いくら雨が降っていて水の気配が濃いとはいえ、聡い人間には分かってしまう。空からの水に反応した小さな水精霊たちが集まっているだけはない、それ以上の水のにおい。

(冗談じゃない)

 突き放すように歩く速度を上げれば、背後の気配は引くようにして元の距離まで戻った。
 ここまでくると周囲からは生徒の姿が見えなくなり、廊下を歩いているのは大和だけになっていた。
 当たり前といえば当たり前の話だ。昼食休みはそろそろ終わりを告げ、午後の授業が始まろうとしているのだから。こんな時間に、教師一人ひとりに与えられた部屋が集まる通称『教師棟』へ向かう生徒はそういない。

「午後の授業なんて一生受けたくないな……」

 そうひとりごちたあたりで目的の入口が見え、足を止めた。
 この学校にはじめて来たときも訪れた、クレイオ教諭の部屋である。
 応接間でもあり簡易的な書斎でもある部屋には誰の姿も見えないが、迷うことなく大和は歩を進めて室内にある入口へ向かった。
 扉のない入口からでもよく分かるほどの蔵書量に最初は圧倒されたが、雰囲気としては図書館と同じようなものであり、実はこの世界で見たどんな場所よりも元の世界に近い情景だと気付いてしまえばどこよりも心が落ち着く空間になってしまった。
 書庫兼、現在は大和たちの教室でもある部屋の入口へ顔をのぞかせ、その姿を確認する。見慣れた茶色の後ろ頭に意味もなくほっとした。

「失礼します」

 きちんと聞こえる声量で断りを入れてから、ここ一週間通い続けている部屋に足を踏み入れる。
 大和を安心させた茶髪の人影は、振り向きこそしなかったものの書き取るような動きを見せていた右手を止め、軽くあげてみせた。
 大和はたった二人の生徒のために開かれるクレイオによる文字学習、もう一人の生徒の向かい側に回る。

「雨、夜まで続きそうだってさ」

 椅子を引きながら、割とどうでもいい話題で大和が声をかける。

「らしいわね」

 書き取り中の手を休めることなく姉の和巳は答え、スラスラとは言いがたい、けれど最初に比べればずいぶんとスムーズに動くようになった鉛筆を紙の上で滑らせた。
 ラトラナジュだけでなく、この世界で広く使われている公用語だ。ひらがな、かたかな、漢字と三種類の文字を駆使する日本語ほど複雑な文字体系ではないが、英語のようにアルファベット二十六文字だけ、といった簡単な構成でもない。

「そういえば、大和」
「なに」

 下手な象形文字にしか見えない筆跡から顔を上げて見れば、紙を埋め尽くした当人は鉛筆から手を離し、疲れたのであろう右手をひらひらと振っていた。

「レリアさんが一番最初にこの国――ラトラナジュについて教えてくれたとき『始祖が遊牧民族だったために戦闘能力は近隣諸国内では高い方』って言ってたけど、あれどういう意味か分かる?」
「あぁ……」

 わざわざこの場でする必要のない質問だったが、丁度一番端まで埋まった紙と姉の態度でなんとなく察してしまう。
 大和がくるずっと前から書き取り練習をやっていたのは、どう見ても図形にしか見えない文字で埋められた紙の量を見ればわかる。
 学校で授業を受けなければならない大和と違い、和巳は研究院の手伝いより文字学習を優先させてもらっている。一方的に話を聞く授業より、専門的な知識が必要な研究院のほうが「字を読む」ことを求められるためだ。

「飽きたんだね、姉ちゃん」
「えぇ、飽きたわ」

 悪びれもせずに言い切った。
 ようするにこれは和巳にとっての小休憩、大和にとってのちょっとした前座だ。
 大和ほんの数瞬黙り、自分の考えをまとめる。姉は急かすでもなく、机に肘を付いてリラックスした状態でそれを待っていた。

「だからね、全部が全部そうじゃないかもしれないけど、遊牧するってことは新しく向かった土地に元から住んでた人間や、同じように遊牧しててかち合っちゃったりした人と争うことになる場合が多いんだよ」
「うん」
「自分たちの命の綱である家畜の餌を確保するのに難しい気候だったりしたら、特にね」

 大和の言いたいことが段々分かってきたのか、少しずつ納得していく姉の顔から課題プリントへ視線を移して言葉を続ける。

「そうなれば磨かれていくのは個人の戦闘能力、武器の技術、戦術、ってとこだろ。その名残なんじゃないかな」

 自分の記憶と照らし合わせ、言葉を選びながら口にする。

「何回か戦術に関する授業も受けたけど、集団戦よりは個人の臨機応変な対応を求められる内容だった。多分、一つ一つの集団が小さかったってことだと思う。物量による力押しができなかったんだよ」

 さらには、この国で過ごした二週間で得た情報を元に自分なりの解釈も付け加えて大和の口は動き続ける。

「男女で授業内容とか態度とかに違いがないから父権政治ではないんだろうけど、そこはちょっと変わってると思う。普通は集団においての団結力を高めるために父権的になるし、血の結びつきとかが重視されるんだけど、ここはちょっと違うみたいだから」

 このあたりの話は大和の推測が八割を占めるため、声にも若干張りがなくなる。けれど、自分の併せ持った知識ではこの程度の推測しか出来ないのだ。

「ひとつの集団がよっぽど小さかったのか、他の理由があるのか。実益を重視した結果なのかもしれないね」

 長い一人語りを終えて姉の顔に視線を戻せば、返ってきたのは渋面。

「それ、なんてゲームで仕入れたの?」
「……秘密」

 実を言うとほとんどが中学の社会科教師の受け売りだが、情報源がゲームだと決め付けられたのが悔しくてはぐらかした。
 それに、大和がそう考えただけで実際は違うのかもしれない。これはあくまでも推測の域を出ない話だ。

「で、今日はどれをやればいいの?」

 まだ未使用の真っ白い紙を手繰り寄せて問えば、姉は「あー、はいはい」と投げやりにも見える態度でお手製の五十音対応表を取り出す。
 大和も筆立てからいつも自分が使っている鉛筆を選んで、握った。

※※※

 一日分と渡されたプリントも概ね埋まり、右手の筋肉がそろそろ悲鳴を上げそうなところでこの授業の先生がストップをかけた。午後の授業が全て終わったのを知らせる鐘が鳴る、少し前の時間だった。
 さて、と前置きして目の前に座る男性が微笑む。
 大和たち姉弟の文字学習の講師を引き受けた、クレイオ教諭だ。

「今日はどんなお話を聞かせてもらいましょうか」
「教諭の聞きたいことなら、なんでも。オレに答えられる範囲で、ですけど」

 勉強机からお茶会のテーブルへと変貌した卓を二人は囲み、大和にとっては『元の世界』の、クレイオにとっては『遠い異国』の話をしていた。
 テーブルに置かれたカップは三つ。ひとつは紅茶が香り、ひとつは飲み干され空になり、残りひとつは透明な液体で、大和の前で湯気を立てている。

「そうですね、電話、とか」
「“電話”! 言葉だけなら知っていますよ、遠くにいる人と会話の出来る機械ですよね?」

 始めはクレイオもお茶をすすめてきたのだが、飲めないんですと正直に告白した結果、白湯を用意してくれるようになった。この世界に来た日にレリアに振舞われ、姉の手によって砂糖水(湯?)に変えられた紅茶を口にして以来、トラウマになって余計飲めなくなってしまった大和に残された道はそれしかなかったのである。

「音が振動を発生させるのを利用しているんですけど……」
「ふむふむ……」

 書庫での勉強を始めた時間帯よりも天気は崩れ、濃い灰色で覆われた空は時折白く細い光を閃かせていた。
 そんなおどろおどろしい空模様に反して、クレイオの表情は明るく嬉々としている。大和は自分でも驚くくらいに饒舌になりながら、次々に引き出しから知識をあさっては取り出していった。

「――ものによりますけど、最近主流のは物理的な線に繋がっていなくても会話できます」
「それはすごいですね」

 忙しい中、それでも面倒を見てくれている歴史教諭は大和や和巳の話を聞きたいからと自ら教師役を買って出たのは知っている。
 それでも、こうして二人に文字を教えることを優先し、勉強が終わった後のひと時に話を聞くだけにとどまっているクレイオに、大和は応えたかった。

「では、その機械を使えば本当に遠くにいる人と会話できるんですね?」
「近頃じゃ小さくて携帯できるタイプのが増えましたから、ほんとにいつでもどこでもって感じです」

 クレイオにも仕事があるので、午後の授業の一時間目にひたすら前日の復習、二時間目に新しいステップへ進むというのがお決まりのパターンだった。

「聞けば聞くほど、面白いですね」

 そう言うと、本当に面白そうな表情をして笑う。
 本日のテーマにひと段落ついた所で、クレイオ紅茶に口をつけた。大和は苦笑を返しながら、喋って渇いた喉を潤すためにカップに手を伸ばす。

「オレにとってはこの国の方が面白いですけどね」

 そして二時間目の授業が終わったあとに、こうしてクレイオと異世界文化交流をするのも、日課になりつつあった。
 お人好し歴史教諭の興味は尽きることがないようで、質問は連鎖的に続いて繰り返される。

「以前から気になっていたのですが……その、デンワやセンタクキといった便利な機械はどうやって動いているんですか?」
「それは電気ですねー」

 空になったカップの持ち主、和巳は回答役を大和にさせて後片付けをしている。正直自分よりも姉の方が適役なはずだが、ならばと後片付けを任されても困るので(なにせ大和は紙を仕舞う場所も知らない)ある意味適任である。

「デンキ、ですか?」
「はい。えぇっと……」

 首を傾げるクレイオにうまく説明しようと頭をめぐらせるが、なかなかいい例えが浮かばない。
 思えば、明かりですら蝋燭の世界だ。電球なぞあるはずもないし、大和自身詳しく語れるほどの知識を持ち合わせていない。
 いくらひねっても出てこない大和の耳に、本格的に機嫌を悪くした空のうなり声が届いた。その低い音にふっと閃く。そうだ、電気なのだから――。

「雷と同じ性質のエネルギーです」

 というよりも、そのものといったほうが正しいだろう。
 我ながらうまい説明が出来た、と一人納得していたのだが、どうもクレイオの様子がおかしい。

「雷、ですか……?」

 唖然、と表現するのが正しいだろう表情でクレイオが呟く。
 逡巡するように視線をさまよわせ、大和には聞き取れないくらい小さな声で何かを言っている。
 このお人よしな教諭は考えをまとめるとき口に出してしまう癖がある。普段はそれが愛嬌ある仕草に見えるのに、このときばかりは不安を冗長させた。

「どうかしましたか?」

 片づけを一通り終えたところで大和たちの間に流れる不穏な空気を読み取ったのか、和巳が会話に入ってくる。
 すかさずクレイオが訊ねる。

「あなた方の国では、デンキというエネルギー……雷と同質のエネルギーを用いるのですか?」
「そうですね。火力、水力、風力、地熱、太陽光、原子力。色んな方法で電気を作って、使ってます。雷を直接集めるわけではないですけど、まぁ似たようなものだと思いますよ?」

 いきなりの質問とクレイオの様子に首をかしげながらも、けろりと和巳は言い切る。その後は余計な口を挟まず、じっと反応を待っていた。
 すでに混乱気味の大和にとって、姉の冷静さは奇妙でもあり救いでもある。
 そんな和巳に、逡巡するような間をおいて、それでもはっきりとクレイオは告げた。

「雷(イカヅチ)は、神の領域とされています。よそではそういったことを話さないようにしたほうが賢明でしょう」
「よそ、って……」

 戸惑いの滲んだ和巳の声に、クレイオは畳み掛けるようにして続けた。

「もちろん、レリア女史に対しても同じです」

 歴史教諭にしては珍しくきっぱりとした口調と硬い声音、それに部屋の外から低く轟く雷鳴が、いやに耳に残った。
 どうして、と聞ける雰囲気ではなかった。そもそもクレイオは理由も併せて口止めしているのだから、そう問うのは違う気がする。
 三人の、もといクレイオと姉弟の間に横たわるのは認識の違いだ。二人にとって電気は生活に欠かせないもので、雷はうるさかったりヒヤヒヤさせられたりするものだ。けれどこの世界の人間である彼にとっては、雷と同質だからというだけで揺らいでしまう「なにか」がある。

(ものすごく、逃げたい)

 突如として気まずい沈黙が落ちたなか、それを破ったのはここにいる三人の誰でもなく、毎日この部屋を訪れる大和のクラスメイト兼同居人だった。


「失礼します、二人を迎えに来ました」


 入り口で立ち止まり丁寧な口調でそう告げたのは、艶のない白い髪に赤く輝く瞳の小柄な少年。
 その姿を視界に収めた途端、反射とも呼べる速さで顔をゆがめた和巳に、対するクロムも眉間に皺を寄せた。
 あぁ、またはじまる。溜息をつきたい心境に、けれど幸せが逃げると言い聞かせてこらえた大和の予想を裏切らない展開が目の前ではじまった。

「帰る方向が一緒なんだから仕方ないだろう」
「あら、私は何も不満なんて言ってませんけど?」

 ついさっきまで部屋に満ちていた、沈むような暗さはすでに払拭されていた。
 ありがたい反面、別の部分で頭を抱えたくなる。

「顔が言っている、顔が」
「うるさいもち」
「僕は食べ物じゃないと何度言えば分かるんだ?」
「単なるあだ名でしょ、食べ物だなんて思ってないわよ餅に失礼ね」

 最初の出会いが悪かったのだろう、この二人は未だにあまり仲がよろしくない。こうして顔を合わせるたびに、中身のない口げんかのような応酬が繰り返されている。
 つまりは、少なくともこうしてクロムが迎えに来るたび言い合っているのだ。いい加減飽きないのだろうか。
 ある程度二人の気が済んだところで「そろそろ帰るぞ」とクロムが切り出し、渋々といった呈で和巳が荷物を手に取った。
 大和と和巳の二人はありがとうございましたー、といつもより覇気のない挨拶を残して部屋を辞す。
 クレイオはただ一言「気をつけて」とだけ返した。

「失礼します……ほら、さっさと帰るぞ」

 ぞんざいな台詞と一緒に、細長い布状のものを投げられる。いきなりだったので驚きつつも受け取れば、今朝方登校の際に差していた傘だ。
 そういえば教室に置きっぱなしだった、と思い出す。

「ありがと」

 すでに出口へ向き直って歩き始めた背中へ礼を述べ、姉と並んでその後ろを付いていく。反応は期待していなかったが、クロムは右手を軽く振って「気にするな」と応えた。
 建物自体の出入り口付近まで来ると、エントランスでは合羽を着込んだり傘を用意したりする生徒たちの集団が見えてくる。
 学校が終わった解放感からか、彼らは間延びした様子で空を見上げていた。

「あ、今光ったぁ」
「今夜には落ち着くといいなぁ」

 大和も外に出る一歩手前で、彼らの邪魔にならないよう傘を広げる。そのまま雨天の中へ進めば、布を打つ雨の音が聴覚を満たした。
 どこの世界でも傘の形は同じらしいと知ったのは今朝のことだ。同じものを見つけるたびにどこか安堵する自分を大和は知っている。

(だからって訳じゃないけど……油断、してたのかな)

 ここが異世界であることに。

 校門への道のりは、当然ながら大和と同じ制服を着た人間が多い。ヘルギウスの寮は学校の敷地内にあるのではないので、そこに向かう生徒も同じように校門へと向かう。そのため、下校時間の人通りはさかんだった。
 普段なら学生同士のおしゃべりで騒がしい学内も、みんな雨で家路を急いでいるからかどこか静かだ。
 クロムが前を歩き二人がその後ろをついていく。いつの間にかこの状態がデフォルトになりつつあった。

(たとえば、さっきの話をしてみたとして)

 なんとなく姉弟二人して黙っていても、無愛想な同級生は気にせずに前を歩く。大和と同じ制服の上から短い白い短衣をかけた肩が傘から少しだけ見えた。

(やっぱり、態度が変わるんだろうか)

 クレイオは賢明でしょう、としか言わなかった。それが余計に不安をあおる。目の前を歩くクロムにこの話をしたらどう反応を返されるかとか、そんなことばかりが気になってしまう。

「大和、学校はどう?」

 唐突に、雨音を割って聞こえてきたいつもと変わりない声がそんなことを聞いてくる。
 和巳にとっての前座、弟にとってのちょっとした小休憩のように。

「んー……注目を浴びてるのは分かるしヒヤヒヤするけど、みんな良い人だし」

 傘の内側に反響して、篭った自分の声が聞こえた。震えていたり硬かったりしていない、自然な声だった。少なくとも自分にはそう聞こえた。

「授業なんて訳が分からなさ過ぎていっそ面白いくらいだよ」

 冗談交じりだが、大和の偽らざる本音でもある。だから、心配なんてしなくていいんだよ、と言外に含めたものも伝わっただろうか。大丈夫だよ、とも。

「そう」

 たったそれだけの返答なのに、姉の声はひどく嬉しそうで暖かかった。何故だかやけにその様子が気恥ずかしく感じられて、大和は話をそらせるべく逆に質問を返した。

「姉ちゃんのほうこそどうなの」
「順調よ」

 大和の角度からだと傘が邪魔で姉の表情は良く見えない。それでも、口元は笑んでいるように見える。
 だから、ぽつぽつと傘を打つ雨音にまぎれて、遠くの空から低い音が響いてくるのを、大和は聞こえない振りをした。


前へ  目次へ  次へ

お小言
意外な博識っぷりを披露してくださった大和君。
彼の語った内容に関してはあんまり当てにしないでください。(重要)
木田が一時期はまって読み漁っていた本から拝借した知識であります……!