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 こほん、というわざとらしい咳払いがひとつ、大和の部屋に響いた。

「それではこれより」

 凛とした声は姉のもので、爛々と輝く瞳はやる気に満ちている。
 ピン、と天井に向けて伸ばした右手と真っ直ぐな背筋は、座ったままながら運動会の選手宣誓を連想させた。

「第一回姉弟会議を開始しますっ!」


title/姉弟会議 Side 大和


 灯された蝋燭はあくまでテーブルの上に広げられている紙に書かれた文字を浮かび上がらせるだけの明るさしかなく、部屋全体を照らすほどではない。ここ何日かはクロムとの勉強会で使うことの多かった丸テーブルについているのは姉の和巳一人で、広げられている紙も恐らくは単なるメモだ。
 ベッドに転がり一部始終を見ていた大和は軽く溜息をつく。高らかとそんな宣誓を真面目に口にされたところで、内容が内容なのでちょっと格好がつかない。

(このテンションの高さについていけるヤツってどれくらいいるんだろ……)

 夜も更けてきたこの時間、さしたる明かりもない部屋をここまで快活な空気にさせるその才能には呆れを通り越して関心すら抱くが、だからといって同じ波に乗るかどうかはまた別問題だ。
 いまいちやる気のないその態度に姉はむっと眉を寄せ、天井に向けていた右手でベッドに寝転ぶ大和を指差す。

「大和、ファンファーレ!」
「めんどい」
「ノリが悪いわねー」

 悪くて結構、と不満げな様子の姉を適当に流して大和は寝返りを打った。
 視界に入った窓から、ぼんやりと窓を見上げる。背の高い建築物がないので障害物になるようなものは何もなく、広々とした夜空がよく見えた。

「ちょっとぉ、会議なんだからあんたも席に着きなさいよー」

 和巳の注意はいつもより間延びした、本気で怒っていないのが丸分かりのものだった。姉は形から入るのが好きな人間だが、今はそれを大和へ強要する気がないのだろう。

「……ねむい」
「もー。仕方ないわねー」

 帰宅してからずっとテンションが上昇の一途をたどる和巳と違い、慣れない授業で体力以上に精神力を消耗した大和が眠いのは事実だった。
 そんな大和の態度にも姉は文句を言いたげではあるが不審がってはいない。兄弟というのは近いが故に互いをよく知っており、いろんな面を見ている。
 少なくとも姉にとって、不機嫌な大和なんて珍しくともなんともないのだ。大和にとって不機嫌な姉が珍しくないのと同じように。

(……こんなに疲れたの、いつぶりだろ……)

 体力的には風邪を押してマラソン大会に出場したとき以来の気がするが、精神面も加わるとなるとあいにく記憶になかった。
 ベッドに沈み込んでいくのではないかという錯覚を覚えるほど、身体が重い。

(しばらく、あんなのが続くんだろうな……)

 意識しないため息が何度も口をついて出る。
 連れて行かれた先で、大和が持たされたのは漫画やゲームでよく見る杖だった。ただし、派手な装飾や意匠が施されていない、仙人や師匠が持つタイプのシンプルかつ渋い杖である。
 竹刀よりはいくぶんか重いそれを渡した黒尽くめ――シラー・ミディオンがその後告げたのは、

『自分の中を流れる魔力の流れを感じろ』

 という一言のみだった。

(いや、それだけじゃわかんないから普通)

 しばらく時間が経てばこそ突っ込む余裕も出てくるが、あの時はただ無言で大和を見つめる視線が恐ろしくて何も言い返せなかった。
 魔力だなんて感じたことはないし自覚だってしていないというのに、杖を持たされただけでなにが変わるというのか。

(呪文を唱えれば魔法が使えるとか言うわけでもないだろうし……)

 授業中、意識がしゃんとしていたらこっそり唱えていたかもしれない呪文をいくつか考えてみる。

(ケアル? ホイミ? ……まさかリプシーとか……いやそれは召喚術……)

 そもそもあの衆人環視の中でそんな馬鹿らしいことができるはずもない。
 真面目とは言いがたい態度で授業に臨む同級生の中心で、大和の一挙手一投足が見られていると感じたのは被害妄想でもなんでもない、純然たる事実だ。

(理由も聞けなかったしさー)

 訓練場ではクラスメイトの姿も何人か見つけたのだが、授業が終わった後もクロムが迎えに来るまで残されたために話を聞くことは出来なかったのだ。

 授業風景を知らないはずのクロムに聞いても意味がないだろうし、結局どうしてあそこまで注目されたのかは解明できなかった。

(先生がいきなり個人授業始めりゃ、そりゃ驚くだろうけどさぁ)

 だが、それにしては納得しかねることもいくつかある。

(一人、ものすごく睨んでる女子いたし)

 訓練場に足を踏み入れようとしたとき、クラスメイトのサンゴと一緒にいた、勝気そうなあの女子だ。
 授業中ずっと向けられていたその視線を思い出し、身体を震わせる。

(ものすごく、怖かった……!)

 姉に睨まれたときはどちらかというと服が切れそうな鋭さを感じるのだが、あの女子生徒の視線は射抜くというかビーム光線というか……とにかく、制服のどこかに焼け焦げたあとがあってもおかしくはない。それほどの強さだった。

「ところで大和」

 今日の午後を思い返して鬱々とベッドの上で丸くなっていた大和を、現実に引き戻したのは姉の声だった。
 咎めるでもなければ探るでもない、ごく自然な切り口。それでも、身体が硬くなったのを大和は感じた。

「どうして今日はクレイオ教諭のところに来なかったの?」

 ――きた。
 跳ねそうになる肩を枕を抱えなおす動きでごまかし、細く息を吐いた。

「お昼休み終わってから少しして、クロムが『今日大和は来れない』とか言いに来ただけで、なんの説明もなかったのよー」
「……そう」

 珍しく名前で呼ばれた同居人が無表情で告げに来た様子を鮮明に思い描くことが出来る。
 傍から見ればコミカルなコントにしか見えなくなってきたやり取りを想像するとなんだか落ち着けて、肩の力が少しだけ抜けた。

(きっとしつこく理由とか聞いたんだろうなぁ……あとでクロムにもお礼を言わないと)

 姉にしてみれば当然の質問だろう。むしろ聞かれないほうが余計不安を煽るというものだ。だからといって、聞かれて嬉しい問いでもないが。
 自分が今、姉に背を向けていることに安堵した。向こうの表情が見えないだけ、こちらの表情も見られない――偽るのは声と言葉だけで済む。

「昼休みにちょっと捕まって……手伝い頼まれたんだ」

 我ながら下手な嘘だ。けれど大和はその嘘の上にさらに別の嘘を上塗りして、事実を伝えなければならない。

「ちょっと、しばらく行けそうにない」
「えぇ!?」

 案の定声を上げて驚く姉へ、反射的に言い訳を紡ごうとする唇をかみ締める。喋れば喋るほど自分が墓穴を掘る体質だと、最近になってようやく知った。
 枕をぎゅっと抱いて、姉の言葉を待つ。大和は、ただそれに返せばいいのだ。

「文字を覚えるまではそっちを優先するって話だったじゃない」

 姉の驚きはだいぶ薄らいだようで、どちらかといえば不思議そうに問われる。
 確かに文字を覚えることは最重要事項だったが、それも今日の昼までの話だ。あの赤い石が大和の手のひらで割れてしまってから、最優先事項は『午後授業の受講』に切り替わってしまった。

「それよりも先に、慣れろとかそういうことで」

 出来るだけ面倒そうに聞こえるよう、投げ出すようにして言葉を発する。震えを抑えることには成功したが、果たして自分の望むような声が出せたかどうかは分からない。

(百パーセント嘘って訳じゃないんだ……大丈夫)

 魔力の流れを感じることに、魔術の扱い方に、精霊の存在に――慣れろと言われたのは本当だ。
 嘘をつくときは何割か真実を混ぜるのがいいと聞く。付き合いの長い姉を相手に大和の話術で煙に巻けるなど到底考えられないので、可能な限り『事実』をそぎ落として話すように心がけた。

「ふぅん……ま、いいわ。会議の本番はこれからよ」

 若干の下降を見せたものの、姉のテンションは相変わらず当社比3.7倍で、どうあっても今日は会議をするらしい。

(……ゴーイングマイウェイ、マイペース……)

 それまで抱えていた罪悪感や不安が、脱力感と共に身体から抜けていくのを感じる。
 姉の強引さには苛立つことも多いが、疲れきった今の大和にとっては無力感しか与えなかった。

「ここに来て約三週間……何か気付いたことはある?」
「……気付いたことって」
「なんでもいいわ。この世界について、分かっていることだけでも整理しておかないと」

 漠然としていて何を話せばいいのか掴めずどもる大和に、姉はあくまでも淀みない調子で進めていく。

「世界が違えば文化が違う。今はなんとか誤魔化せてるし、ある程度の突飛さは『外国人』で済ませられるけど」

 一度切ったところで、息を吸うのが伝わってくる。
 普段とは違う態度が落ち着かない気分にさせる。

「それがこの世界での立場を崩しかねないものなら困るの」

 真剣みを帯びてきた姉の様子に、なにを言いたいのかそこでようやく大和にも思い当たった。

(クレイオ教諭のことだ)

 電気について説明したあの日依頼、クレイオの態度は表面上変化はない。ただ、それまで日常的に行われていた質問の量が少なくなり、内容も発達した科学などについてではなく、歴史が中心となっていた。
 態度が変わらないことは喜ばしいのかもしれないが、明らかに気遣われている。それは確かな優しさなのに。

(どうして、怖い、なんて思うんだろう)

 自分で自分がわからない。心中で首を傾げつつも、姉の言葉に耳を傾けていた。

「一体なにが受け入れられて、なにが拒まれるのか……ちゃんと把握しておく必要がある」
「……そうだね」

 眠りの波にさらわれそうになりながらも、いつのまにか同意を口にしていた。
 なにが拒まれるのか、というその一文はやけに重みを持って大和の心にのしかかる。

「……私たちの無知さは、私たちの弱味なのよ」

 ふっ、と。溜息と一緒に落とされたのは、いつもとは違う、覇気のない弱々しい言葉だった。
 おそらく無意識にこぼれたのであろう呟きに、自分はどう反応するべきか逡巡しているうちに、姉はそれまでのハイテンション(ただし当社比1.5倍へダウン)に戻った。

「さっ、大和。なにかある?」

 打って変わって明るく問われても、疲れからくる眠気が本格的に大和のまぶたを閉じにかかっているようで、上手く思考がまとまらず何を答えるべきか分からなくなる。
 意味もなく口を開けては閉じ、それを何度か繰り返したところでふと思い出したことを口に出した。

「鳥を食べちゃいけないっていうのは驚き、だったかなぁ」
「そうね……多分、空に関することは人間の領域じゃないのよ。ここの人たちの感覚じゃ」

 あぁなるほど、だから空から落ちてくる雷も神の領域うんぬんって言ってたんだな。
 夢の世界へ旅立つ準備を開始した脳内で、いくつかの事実が結ばれて新しい発見を生むが、それを口にする前にあくびが出る。眠い。

「伝説とかそっち系の話は聞けないのよねー……」

 大和の耳はどこかがっかりした様子の姉の呟きを捉えていたものの、うとうとし始めた頭はそれをすぐに忘れてしまった。

(……はやくねないと)

 明日は休みだが、学校に来るよう言われている。一日通してあんな目に合うだなんて想像しただけでもげんなりするが、すっぽかせるほどの度胸も不真面目さも、大和は持ち合わせていなかった。




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お小言
国家試験前の更新は以上。
そして続くSide 和巳 は、
十一月入ったあたりになるかと思われますもうだめぇぇえええ!!