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 決意しても、すぐに実行できるかどうかは別問題です。


title/姉弟会議 Side 和巳


 弟が帰ってきたら、いつものように冗談じみた文句を言って笑ってやろうと決めていた。
 どうしてお昼来なかったの、一人きりだなんて寂しいじゃない、おまけにレリアさんと二人っきりで帰ることになって緊張したのよ、あんたも一度経験してみるといいわ!
 でも、いつもより随分と遅い時間になって、ようやくクロムと一緒に帰ってきた大和を一目見るなり、クレイオ教諭のところに来なかったことも、レリアと二人っきりの帰路という緊張を強いられたことも、全て吹っ飛んだ。

『どしたの大和、なんか疲れてる?』
『……おなか減った。眠い。疲れた』

 うつむき加減で終始口数も少なく、和巳と違って純日本人的な薄墨の瞳を濁らせて。
 肩にかけていた鞄をひったくって入れたばかりの風呂に押し込み、大和が茹で上がる間に晩御飯の用意を手伝って、呆れた視線を向けてくる紅白もちなんぞここぞとばかりに無視して、さぁ食べなさい! と普段よりは多目についだおかずをよそってみたりして――今現在が、これだ。

(暗い。暗いわ)

 大和は力の抜けた身体をベッドに横たえて、時折無意識だろう溜息をついている。
 ゲームが上手くいかないときや部活の試合で負けた時だってここまで落ち込まない。それほどまでに暗い負のオーラを撒き散らしている。

(落ち込んで当然といえば当然なのかもしれないけど)

 普通に考えても、この状況でストレスや悩みを抱えないほうがおかしいだろう。
 目を覚ますと広がっていたのはファンタジーな異世界。右も左も分からない状態でなんとか庇護者を得ることが出来たとはいえ、その目的はいまだ不明。まっさらな状態から築き上げる人間関係、カルチャーショックなど既に慣れすぎて耐性もついてきて、異常な現状を相談できる相手など当然おらず、さらには還り方も分からないときた――まさにストレスの宝石箱、誰かストレス社会に打ち勝てるチョコレートください。

(いやいや、私まで押しつぶされたら駄目じゃないの)

 弟のどんよりオーラに影響されてネガティブに偏り始めた自分自身に、首を振り振り私の売りは根性でしょ! と強く言い聞かせる。
 そう、和巳の強みは根性だ。やる気だ。気合だ。

(私がうじうじしてちゃ、大和に頼ってもらえないんだから)

 和巳たち姉弟の置かれている状況は普通に生活していて陥るようなものではない。受けるダメージもショックも、そのすべてが未知の領域だ。
 世界の違いがもたらす、些細なことで傷ついてしまう自分たち。そんな中で、自分は弟の支えでなければならない。
 誰も見ていないのをいいことに、背もたれに思いっきり身体を預ける。背中が少しずり下がり、なんとも行儀の悪い格好だ。

(深くは聞かないけど……いざって時に頼ってもらえる器のでかさを持たないと)

 支えになるという決意は変わらない。けれど、弟はもう小学生ではないのだ。妙に頑なに拒絶されているような気はしたが、大和とてもうすぐ十五歳。いわゆる微妙なお年頃なのだから、必要以上の姉の干渉など疎ましいだけだろう。
 家族から過度の干渉を受けた経験のない和巳に「過度の干渉」と「無関心」の境界を見極めるのは少し難しかったので、当人が話したがらない事項については深く聞かないようにしようと自分でボーダーラインを決めていた。
 兄弟というのは近いが故に距離を測りづらいものなのだと、自覚するようになったのはいつのことか分からない。はっきりしているのは、今の大和が抱える悩みに和巳は手助けが出来ないということだけだ。

(でも、ちゃんと見ておかないと……大和は分かりやすいくせに言わないんだから)

 背を向けて、どうやら本格的にお休みタイムへ突入したらしい弟を視界の隅に収めつつ、和巳はひっそりと溜息をついた。
 元の世界についての説明を大和一人に任せていたのは意図的な采配だった。
 弟が話を合わせるより、自分が合わせる側に回ったほうが互いの負担が少ないと考えたためだ。

(私がどこまで話したか、より自分が何処まで話したのか、の方がわかりやすいはずだもの)

 まさかあそこまでクレイオに反応されるとは思っていなかったし、大和がこれほどまでに引きずるとも考えていなかった。

(雷、鳥、空、神の領域……これまで特に気にしてなかったけど、宗教形態とかもちゃんと把握しておくべきかしら?)

 蛍光灯よりは弱々しい、それでも確かな明りを頼りに手元のメモ紙にペンを走らせる。
 現在も研究院で行われる講義(ただし生徒は和巳だけ)において、講師のメノウから聞ける話は歴史に関する事柄に限定されている。というか、伝説や神話となると範囲が広すぎて何処から質問すればいいのかよく分からない。和巳が知っている元の世界の伝説や神話など、トロイの木馬とか八岐大蛇とかのメジャーどころだけだ。

(とりあえず、飛行機と天文学系の話は避けるようにして、と)

 前者はともかく、後者は和巳が将来進もうと考えている分野なだけに妙な落胆が胸に広がる。
 ひとつの星が誕生し、終わるまでの壮大さに比べ、それを解き明かすのに必要な観測や計算の緻密さ――和巳を魅了した、そのアンバランスな美しさを否定されているようでやるせない。

(……クレイオ教諭に言われて堪えたのは、なにも大和ばかりじゃないのよ)

 和巳だってそれなりに堪えてはいるのだ。
 とはいえ、今日の大和の様子はそれとはまた違っているのだが。

(ほんっと、何があったんだか……)

 読み書きの授業に来れなくなったこと自体驚きなのだが、それを伝えに来たクロムの様子もおかしかった。

(でも、紅白もちに問いただすわけにもいかないし)

 使い慣れたノートやルーズリーフよりは格段に質の落ちる紙に、意味もなく○×ゲームを書き込みつつ、意識だけを思考の海に投げ出す。
 恐らく大和自身が姉に隠そうとしている何かを、クロムは決して素直に話してはくれないだろう。
 それはクロムが公平とか潔癖だとか、和巳にはまだ見えていない彼の性格に由来するのかもしれないし、単なる和巳への意地悪かもしれない。もしくはそれ以外の理由だってあるかもしれない。
 ただひとつ分かるのは、

(なんか、話したくないことがあるんでしょうね)

 話してくれないことは、頼ってくれないことは、和巳に寂しさと一抹の不安を与える。
 けれど過干渉はしないと決めた以上、今の和巳に出来ることはない。
 分かってはいても感情は伴ってくれず、やり場のないイライラはメモ紙に向かう。
 交差する線、そうして出来上がった四角の中に書き込まれた丸印とバツ印は、決して「勝ち」を意味する三連にはならない。

(一人ばば抜きよりも相当たち悪いわ、これ)

 あまりのつまらなさにそろそろ止めようとした所で、ペン先が紙の繊維に引っかかって紙面にダマを作った。
 その嫌な官職にむっと眉をしかめる。インクのにじみによる不恰好な点は、数えるのを諦めたくなるくらい紙面に足跡を残していた。
 和巳が使っている万年筆のようなそれは、羽ペンなどのようにインクにつける手間が省けるものの、ボールペンほど粘着性のあるインクではないためか時折想像以上のインクが出てくる。万年筆でさえ使い慣れていない和巳にとっては、そのペン先ですら忌々しいほど言うことを聞いてくれない。

(使いづらいわ)

 ペンだけではない。メモ代わりに使っている紙も、使い慣れた真白い紙よりずっと荒く、時折ペンが引っかかる。

(筆箱、いや鞄があればもうちょっと楽になるのに)

 和巳がこの世界に持ってきたものといえば、自分の身と高校の制服であるブレザーだけだ。
 この世界の基準からすると「奇妙」に分類されるらしいブレザーは、自分に宛がわれた部屋のクローゼットにきちんとしまわれていた。同じように奇妙とされている大和のシャツとズボンは、今まさに弟が寝転んでいるベッドの近くに畳んだ状態で置かれている。
 この世界での衣服を買ってもらってから、一度も袖を通していないそれら。
 ふと、郷愁の念がひたすらに胸を締め付けてきて、和巳はぎゅっと目を閉じた。

(帰る。帰るんだ、絶対)

 強く、強く思う。
 還りたい、会いたい、と。

(そのためにも、まずは情報収集よ!)

 和巳の売りは根性だ。ネガティブな思考では、その売りすらも発揮できない。
 言葉には出さず口だけで三つ数えると、気持ちを切り替えて目を見開く。

 やるべきことは見えている。
 踏み出すべき第一歩も、今は明確だ。

「ねぇ大和、ちょっと明日行きたいところがあるんだけど、付き合ってくれる?」

 胸のうちを支配していた寂寥など感じさせない、明るく、かつ有無を言わさぬ調子で弟に声をかける。
 完全に背を向けた大和の身体がのそりと鈍く動き、

「駄目。無理」

 視線も向けられないままにあっさりと断られる。
 せっかく入れた気合も出鼻をくじかれる形となって、勢いのあまった和巳はそのままテーブルに突っ伏した。

「……あぁ、そう」

 ただでさえ落ち込みモードの弟に強要するのは流石にどうよ、と自制して、なんとか一言だけ搾り出す。
 前途は、多難だ。



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お小言
姉弟会議はひとつの話でまとめる予定です。
よーし、新年になったらガツンと一発かましてやるんだからな!
すいませんごめんなさい調子に乗りましたorz