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 あぁ、だから。

(目立つのは、嫌いなのに)


title/魔術特待生候補


 土曜日――この世界では紫の日(しのひ)というらしい――といえば、大和にとって起床は朝食が既に片付けられた後で、お昼ご飯が朝ごはんで、夕方までゲームをしては怒られるのが普通だった。いや、普通なのではなく、それが一番幸せな土曜日の過ごし方だった、というべきか。

(それが今は、心底受けたくない授業のためにいそいそと登校中だなんて……)

 暑さにも寒さにも弱い体を労わるように、歩道の隅っこ、それも塀や背の高い木の影を潜るように通学路を歩く。いつもなら、姉とクロムを含めた三人で歩く道のりだ。
 夏の暑さをほのかに予感させながらも、爽やかな朝の空気は明るい。それでも大和の気分は月のない夜よりずっと暗く、睡眠不足のせいかぬぐえない奇妙な熱が頭の中で行ったり来たりしていた。
 出かける間際に姉から何か言われた気がするが、思い出せない。

(あー……何処に行くの? とかそんなだったっけ。図書館に行く、とか聞こえた気もするなぁ)

 いまだに学校とレリアの家以外に活動範囲を広げられていない大和から見れば、姉の勢いは到底真似できないものだった。
 きっと大和とは違い、職場である研究院でも上手くやっているのだろう。女性の方が強かだとよく言うが、それにしたって羨ましい限りだ。

(いやいや。姉さんは規格外だから気にしちゃだめだ。あの人は昔から強い)

 ゆるく首を振り、頭の熱を外へ逃がそうとする。熱は変わらずこもったままだが、なんとか思考を切り替えることはできそうだ。
 今自分が考えるべきは、これから行こうとしている学校で何をさせられるか、だ。
 魔術顧問、特別授業、割れた赤い石――。
 今も大和のそばをつかず離れずしている水精霊の存在を認識したあの日から、いつかはこんな日が来るのではないかと不安だった。
 父方の祖母が昔は神社を経営していて、雨乞いだとかをしていたらしい。魔力や魔術という話を聞いた時に、真っ先に思い当たったのはそれだった。

「どんぴしゃだなんて笑えねぇ……」

 心当たりは他にもあった。けれどもそれは考えたくも無いことだった。
 つい、普段は使わないぞんざいな言葉が出てきてしまう。引きつったようにゆがむ口元も抑えられない。このまま影に融けてしまえればいいと思った。

「――おはよう、大和君」
「っ!」

 背後から唐突にかけられた挨拶に、猫背気味の背がピシッと伸びる。その声は確かに自分へ向けてのもので、気弱そうな、でも落ち着いた感じのメゾソプラノは聞き覚えのあるクラスメイトのものだった。

「へ……あぁ、おはよう」

 出来るだけいつものような、へらり、とした笑みで振り返って挨拶をする。
 控えめな微笑で大和の隣に並んだのは、空色の髪を左右で束ねた小柄な少女。クロムほどではないが赤味の強い桃色の瞳が、どこか儚げな印象を醸し出している。クラスメイトのサンゴ。苗字まではまだ覚えていない。

「奇遇、だね。学校?」
「うん。そうなの」

 不自然でない話題を振りながらも、もしや今の独り言を聞かれたのではないかと無意味に心臓が脈打つ。
 人見知りをする性質の大和は、会話に慣れても猫をかぶることで壁を作ってしまう。さっきのアレは、思いっきり素の自分だ。

(聞かれたとしたら、ちょっとまずいよな……)

 この世界で大和が猫をかぶらずに済む相手は、今のところ姉くらいしかいなかった。

「今日休みなのに、なんで学校行くの?」
「……勉強、かな」

 へぇ、と感心したような、間抜けな音が自分の口から抜ける。強制的に呼び出されている大和と違い、彼女はおそらく自主的に行くのだろう。文学少女然とした外見から、なんとなくそう考える。

「偉いなぁ。俺は絶対に休日登校なんてしたくないや」
「でも、制服着てるんだから学校に行くんでしょう?」
「俺は自主的にじゃあないよ」

 心の底から嫌がっている様を隠そうともせずに言う。実際、中学校では部活以外の理由で休日に登校した経験はない。

「そういえば、クロム君は一緒じゃないの?」
「あぁ、今日はなんか……姉さんと図書館行くって言ってたかなぁ」
「大和君、お姉さんいるの?」

 驚いた様子のサンゴに大和は苦笑する。驚かれることが新鮮だ。向こうにいた頃は、姉がいるといえば「あぁ、たしかに上に誰かいそう」「弟属性っぽい」とよく言われたものだ。

「いるよ。今研究院? とかいうところで雑用してるって」

 和巳自身も自分が何をやっているのかよくわかっていない、というかレリアが自分に何をさせたいのかよくわからないらしいが、研究院で仕事としてやっていることの内容はお茶を用意したり掃除をしたり、つまるところ雑用だった。本人もそう言っていた。

「……一緒に住んでるんだよね?」
「? そりゃ、姉弟だし」

 肯定の言葉を返したとたん、サンゴは顔を伏せた。二人の間にある身長差が大きいため、小柄なサンゴが少しうつむくだけで、大和は彼女の表情を一切伺えなくなる。
 視界の端に映るサンゴのうなじが、妙にホラーじみていて怖い。
 世間話にまぎれて有耶無耶になった『アレ』には一安心だが、ここにきて別の不安が沸いてくる。

(オレ、何かまずいこと言ったっけ?)

 しかしそんな不安も一瞬だけで、サンゴが顔を上げるとあの儚いうなじは見えなくなった。
 柔和な形を描いた口元に大和が抱いた恐怖はなく、ごく普通の文学少女が浮かべる繊細な笑みだけがあった。

「私は一人っ子だから、お姉さんとか憧れるなぁ。どんな人?」
「どんな人って……」

 大和は眉尻を下げて、つい情けない表情をしてしまう。近い人ほど言い表しにくい。姉は姉であって姉以外のどんな人間でもないからだ。
 とはいえ、ここでそんなことを言われてもサンゴが困るだろう。大和は姉である和巳の性格をどのような言葉で説明すべきかしばし悩む。

「我が道を行く人、かなぁ」

 強気でノリがよくて、ミーハーな所もあるけど基本的には一途で一本気……だと思う。ちょっとかっこつけたがりで困ったりもするけれど。

「結構強情で頑固なんだ。クロムとは顔を合わせるたびに口喧嘩してる」
「……仲、悪いの?」

 仲が悪い。確かに、普通に見ればそんな風に受け取られるだろう。

「悪いというか、互いに譲らないというか……」

 あまり好きではない人間に対して、姉は割合手を出す方だ。手というよりは足の確率が高いが。そして心の底から嫌いな相手は視界にすら入れようとしない徹底ぶりを発揮する。
 クロムがどう考えているかは分からないが、姉が自分から喧嘩をふっかけている間はせいぜい「生意気なガキめ」程度の認識だろう。

「子供っぽい、いがみ合いみたいな感じだよ」

 そんな大和の説明に納得したのかどうかは分からないが、サンゴはただ一言「そう」とだけ返した。クロムが口喧嘩している姿というのがなかなか思い浮かばないのかもしれない。どうも、クロムの学校での評判は「冷たい」などの意見が強いらしい。

「大和君は、クロム君と仲いいよね?」
「そう、かなぁ?」
「そうだよ!」

 サンゴは力強く自分の意見を肯定したが、大和は思わず首をかしげる。
 クロムと一緒に行動するようになってそれなりに経って、会話も増えたといえるだろう。だが、大和の考える「仲が良い」とはまだまだ距離があるように思えるのだ。

「私、クロム君とずっと同じクラスだけど、クラスメイトと……あ、大和君のことだよ? 一緒にいるの、見たことないもん」

 今までの中で一番意気込んだ様子で、クロムの四年間をさらっと教えてくれる。
 テンションが上がり気味のサンゴも気になるが、それより大和がひっかかったのは内容の方だった。

「……クロム、友達いないの?」

 なんというか、あの性格で友達がいないというのはなんだか妙に可哀想な人に思えてくるのでやめてほしい。

「あ、いや、えっと……」

 大和がどんな想像をしたのか察したのだろう、サンゴはあわてた様子でフォローのような否定を始めた。

「なんていうのかな……人を寄せ付けない雰囲気をいつも出してて、興味本位で近づくとあんまり相手にしてくれない、かな」
「よく見てるんだねぇ」
「そっ、そんなことないよっ」

 あわてた様子で否定される。顔も若干赤くなっているのだが、何か変なことを言っただろうか?

(照れてるのかな?)

 サンゴの変化についていけず首をひねっていると、ようやく落ち着きを取り戻したらしい彼女がくるりと振り向く。

「大和君、今日はシラー教官に呼ばれたんだよね?」
「うん……まぁね」

 呼ばれたなんて生易しいものではなくて、逆らう余地のない、絶対的な命令に近いと考えていただけに、歯切れ悪く答えてしまう。

「教官は怖い人だけど、酷い人じゃあないから、大丈夫だよ」
「え」

 いきなりの励ましに、戸惑うより先に何を言われているのか理解できなかった。
 発言内容に理解が追いつかないまま、サンゴは続ける。

「魔術顧問である教官にあそこまで熱心に指導されるんだから、すごい素質があるってことだよ。それこそ、魔術特待生を狙えるくらいに」
「魔術……特待生?」

 魔術という単語と特待生という単語が結びつかず、つい間の抜けた声を返してしまった。

「知らなかったの?」
「いや、えっと……」

 特待生というからには、学費が免除になったり援助してもらえたりするのだろう。頭に魔術とつくのだから、魔術の成績が優秀で学費が免除ということなのだろうか。

「ヘルギウスではね、一年生から三年生までは魔術と武術どちらの授業も受けるの。でも、四年生になるとそれぞれの特性に振り分けられて、その中でも特に優秀な生徒を一人ずつ、魔術特待生と武術特待生として選ぶの」

 言葉を濁す大和の様子で「特待生」について知らないと判断したのか、サンゴは馬鹿にした様子もなく丁寧に教えてくれた。教師棟への近道を教えてくれたときと同じように。

「へぇ……」

 同じ目線から教えてくれるサンゴの態度を嬉しく思いつつ、その内容に感心する。
 四年生からクラスを分けるという話は聞いていたが、特待生という制度については聞いていなかった。

「たとえばクロム君、白い短衣を身につけてるでしょう? あれは武術特待生の証なの」
「そういや、そんなことも言ってたっけ」

 同じクラスの生徒が、クロムは特待生だから云々と話をしていたような気がする。

「ちなみに、黒い長衣を身につけているのは魔術特待生の証ね」

 言われてみれば、何度かそんな風体の人を見かけたことがあるような、ないような。ヘルギウスの奇妙なシステムをまた一つ理解したところで、ふと思い当たる。

「四年生の魔術特待生って、選ばれてないの?」

 大和の記憶が正しければ、同じ学年で、黒いマントを身に付けた生徒というのは見たことがない。
 素朴な疑問に、サンゴは少し言いづらそうな、なんと説明すればよいのか困る、という表情を見せた。

「候補に挙がっている生徒より、クロム君の方が魔術がうまく扱えるの。だから先生たちも困っちゃって」
「兼任とかは?」

 サンゴはまたもや困ったように眉尻を下げ、少し言いづらそうにしながらも大和の疑問に答えてくれる。

「そういう話も上がったらしいんだけど、なにせ前例がないし。シラー教官もしぶってるみたいだったから」
「へぇ……」

 剣術も魔術も学年トップでルックスは王子様なんて、いまどきどんなRPGにも出てこなさそうなパーフェクト具合だ。パーティーのレギュラー入りは確定だし絶対シナリオの深い部分にも関係しているしキャラクター投票とかあったら三位以内には入るのだろう。あの小柄な体躯からしておそらく弱点はHPとかのスタミナに違いない。
 ついついゲームに置き換えてしまうが、分かりやすいのだから仕方ない。そうか、これがいわゆるゲーム脳というやつか。

「クロムって、すごいやつだったんだね……」

 近くにいても分かる凄さ、というのは確かに感じていた。

(なにせ、クマみたいな変な動物をあっという間に倒しちゃうんだもんなぁ)

 異世界に来てはじめて見た、あの動き。剣道をやっているとはいえ、所詮学校の部活程度の大和には、ただ「すごい」としか言えなかったけれど。

(あの凄さは、異世界がどうとか、そういうの関係なしに認められるものってことか)

 武術特待生ということは、学年で剣術が一番うまくて強いということなのだろう。魔術のほうはちゃんと見たことがないのでなんともいえないが、剣術と比べても遜色ないのだろう。

「あれだけ魔術の使えるクロム君を特待生に選ばなかったシラー教官が、大和君にそれだけの資質を見出したんだよ」

 クロムがいかに突出した人物であるのかは、よく分かった。でも。

(俺のは、単なる)

 湧き上がる、不安のような不満のようなそれをなだめて、思考回路を止めさせる。サンゴに視線を戻せば、彼女はいまだに勢い込んだ様子で口を動かしていた。
 サンゴは大和から見て不思議なほど一生懸命褒めてくれるが、全くといっていいほど実感がわかない。あいまいな表情を浮かべて話の続きに耳を傾ける。

「私は魔術はあんまりうまく扱えないけど、少しずつ覚えていけばすぐに上達するよ。私、応援してるから」

 はにかむ、とはまさにこんな表情を言うのだろう。清純派アイドルと謳われるような女子にも負けない、かわいらしい笑顔でそんなことを言われると照れてしまう。

「……ありがと」

 昨晩からずっと引きずっていた重いものが少しだけ晴れた気がして、大和も笑い返す。
 何の確証もないけれど、これから続くであろう学校での授業を、自分は乗り越えられるんじゃないか、と思った。
 少なくとも、この世界で魔法が使えたり魔力があるというのは、普通のことなのだから。




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お小言
八ヶ月以上ぶりの更新です。
ごめんなさいみなさん。
大丈夫、内定決まらなくても天則は絶対終わらせるから……!