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 月が姿を変えるように。
 人の思いも、移ろい変わる。


title/三者三様


 夕暮れにはまだだいぶ遠い空は青く、ただ身体にたまった疲労と見慣れた帰り道だけが大和に時間の経過というものを感じさせた。
 重い身体を引きずって、行きと同じように家の塀や木の陰を縫うように進む。

(姉ちゃんたち、家にいるかな……)

 できることなら顔を合わせたくない。休日に学校へ行くことになった理由も、こんなに疲れている理由も聞かれたくなかった。

(学校出るまでは、結構平気だと思ったんだけどな)

 暑さ以外の理由でじわりとにじみ出る汗に不快感を覚えながら、自分の甘さに少しばかりへこんだ。
 それでもなんとか足を動かして歩いていると、陽を避けるための影ばかりを探していた視界が、道の傍らに設置されている屋根つきのバス停のような休憩所を捉えた。いつもなら通り過ぎるだけのその存在が、今日はなんとありがたいことか。

(まともに動けるようになるまで、あそこで休もう)

 おぼつかない足取りでベンチまで辿り着き、屋根の下の影に潜り込むようにして腰を下ろす。今までに無い身体のだるさを振り払おうと、ひとつ深呼吸をする。寝転がりたい衝動をなんとか抑えて、ベンチの背もたれに体重を預けた。
 この休憩所はもともと旅行者のために作られたのだろう。大和の座るベンチのすぐ隣に、この周辺のものらしい地図が立派な立て札に張られている。

(この、やたら広い土地を占めてるのは、考えるまでも無く学校なんだろうなぁ)

 広い通りに面した、やたら大きい施設。山のほうへ続いていることからも、つい先ほどまで自分が絞られていた場所だろうと、文字の読めない大和にも分かる。
 学校……大和の記憶が正しければ、学校はここまで疲れるものではなかった気がするのだが……。

「ていうか、スパルタ過ぎるよあの鬼教官……」

 周囲に人の姿が見えないのをいいことに、大和はうなるように愚痴をこぼした。




「自分の中を流れる魔力の流れを感じろ」

 学校に着くと、指定されていた通り訓練場に真っ直ぐ向かった。その入口の前で、昨日使ったものと同じ杖をずいっと差し出され、言われたのがこれだ。
 青みがかった乳白色という独特の色彩を持つ瞳にはなんともいえない威圧感があり、大和は到着早々逃げ出したくなった。

(それ、昨日と全く同じ台詞……)

 そう突っ込みたかったのだが、杖を受け取りついでにちらりとシラーの顔を見ると、いたって真面目だったのでそっと視線を逸らした。触らぬ神にたたりなし、君主危うきに近寄らず。
 大人しく言われたことを実行するべく、ぱっとシラーから背を向ける。訓練場の隅っこ、森に面したところまで小走りで辿り着いてから少し後ろを振り返った。

(やっぱり、今日も見てるだけっぽい)

 入口の辺りからこちらを見るシラーの目は相変わらず険しいが、腕を組み壁に背中を預けているその様子から近寄ってくる気配は読み取れない。見られていることに変わりはないが、これだけ距離があればあの威圧感に押しつぶされることは無いだろう。
 そう考えると少しだけ気が楽になって、大和はほっと息をついた。

(休みなのに、結構人がいるんだなぁ)

 意味も無く足元の土をならしながら、訓練場を軽く見渡す。同級生の姿はあまり見られなかったが、上級生らしき生徒の姿はちらほらと見受けられる。
 昨日の授業中より人は少ないが、それでも今日が休日であることを考えれば十分多いといえる人数だろう。ある者はシラーに話しかけ、ある者は四、五人のグループになって会話し、ある者は大和と同じように一人で集中しているようだった。
 各々好きなように訓練場を使っており、昨日の授業中のように大和一人が注目を集めているというわけではないので随分気が楽である。

(サンゴは『自習室に行くの』って言ってから、来ないんだろうなー)

 校舎に入ってすぐに別れたクラスメイトのことを考えていた大和は、視界に飛び込んできた白に動きを止めた。
 数人のグループの中でも、埋もれることなくはっきりと存在を主張する、それ。
 サンゴの空色の髪よりもずっと薄い、太陽の光を受けてキラキラと輝いているようにも見える薄青色のセミロング。けれど何より大和の目を引いたのは、彼女が身につけている、白い短衣。

(あれが、特待生)

 特別な生徒なのだと意識してみれば、それは簡単に見つけられる存在だった。
 つり上がり気味の桃色の瞳がキツ目の、けれど頼りがいのありそうな印象を与える涼しげな顔立ち。
 その女生徒の白い短衣はどうも金糸か何かで刺繍されているようで、大和が普段目にしているものとは少しデザインが違うらしい。

(……なんか、住む世界が違うって感じがするな。あ、いや確かに住んでいた世界は違うのか)

 一人納得して肯く。同じように特待生であるクロムも、本来なら大和から見ると遠い存在だったのかもしれない。たまたま、大和たち姉弟にとって遭遇した第一異世界人がクロムだったというだけで。

(もしかして、サンゴやクラスの皆はクロムに対して『住む世界が違う』とか感じてるのかな)

 白い短衣の上級生を一目見ただけで大和が抱いた、近づきがたさと見えない壁。
 特待生とやらに選ばれるくらいだから、クロムの能力は突出していたはずだ。加えてあの、協調性に欠ける性格とそっけない態度。ついでにデフォルトが仏頂面ときたら、それはもう近づきたくならないだろう。

(サンゴが言ってたことも分かるような気がしてきた)

 そんなもんなのかも知れないな、と他人事のように考える。三年と数ヶ月という十代にとって長い時間を、彼らが一体どのように過ごしてきたのか自分は知らない。
 大和が知っているのは、結局今のクロムでしかないのだ。

(やべ、そろそろ始めないと怒られる)

 我に返ってシラーの様子を確認すると、ちょうど他の生徒と話し込んでいるようでこちらに意識は向いていなかった。
 ほっとしたのもつかの間、ぞくり、と背筋に悪寒が走る。

(なん、なんだ今の……?)

 きょろきょろと訓練場内を見回すと、名前も知らない同級生と視線がかち合った。かち合った瞬間、大和は勢いよくそれを逸らしたのだが。

(目からビーム……!)

 猫のような、緑がかった黄色の瞳から放たれる視線は、まっすぐに大和のほうを向いていた。向いていただけならまだよかったのだが、彼女はその、猫を思わせる配色の眦をきつくして視線を注いでいた。
 同じクラスではない同級生。名前は知らないが、いかにも勝気なお嬢様、という雰囲気のせいか大和も少しだけ覚えていた。何より、

(俺がシラー教官に連れてこられたとき、いたもんなぁ)

 今朝自分を励ましてくれた、クラスメイトのサンゴと一緒に。
 アレを見られていたから、何か思うところがあるのか。思い当たる理由があるような無いような。

(駄目だ、集中集中!)

 まるで首筋をじりじりと焼かれているような感覚を必死に振り払う。
 気持ちを切り替えて、とにかく杖に気持ちを集中させてみる。が、一分ほどで挫折した。シラーがやれ、と言ったことの全てがさっぱり分からないし、何も感じない。それどころか、背中に注がれる視線が気になって余計集中できなくなる。

(あぁもうっ。魔力の流れを感じろとか言われてもわかんないし!)

 考えるな、感じろ? オレはブルー・スリーじゃないんだっ。
 自棄になった大和はシラーにばれないようこっそりと、しかしそれなりの力で杖を地面に刺し始める。ガッ、ガッ、ガッ、と数回削ったあたりで石にぶつかり杖の動きが止まった。

(……視線が痛い。逃げたい。ものすごい勢いでこの場から去りたい)

 恐る恐る、もう一度彼女のほうを覗き見れば、やはりそらされることの無いその視線。
 心の中で「逃げたい」をくり返すうちに、どうしてこんな目に、という苛立ちがちらついた。一方的に睨まれて、敵視されるなんて意味が分からない。
 そう考えた刹那、押し寄せてきたのは、自分のものではない、けれど自分の内側から溢れる明確な敵意――自分の傍に控えている精霊の怒りだった。
 昨日からずっと大人しくしていたので、唐突にふってわいた激しい感情の渦に一瞬だけめまいがした。

(本当にどっか行ってくれ、集中できない……!)

 おそらく精霊は大和の苛立ちに過剰反応しているのだろう。だから、例の女生徒が大和から視線を逸らすか、興味をなくせばこの大げさな精霊は落ち着いてくれるはずだ。
 自分の感情だけでももてあましているというのに、その上勝手についてまわる精霊の感情まで背負えるはずが無い。

(そんなに文句があるなら直接言えよ。何だってそんな、親の仇でも見るような目で見るんだよ)

 思いつつも、それを当人に直接いえない大和が一番だめなのだという答えに行き着いて、独り肩を落とした。




「……はぁ」

 思い出せば思い出すほど気が滅入る。
 結局、女子生徒はあれからもずっと大和の方を気にし続け、そんな視線を延々受け続けた方も精神的に疲れるだけだった。つまるところ、授業では何一つとして進歩していない。

(あんな状態で集中しろっていう方が無理なんだよ……)

 視線、という見えないビームを受け続けた大和の背中は、傷なんてひとつもついていないけれどその分かなり重かった。HPダメージは無いがMPが大幅に削られた、むしろゼロ。そんな気分だ
 休憩所の屋根の下は涼しかったが、不快感が落ち着いただけで疲れまでは取ってくれない。

「本当に、なんなんだろうなぁアレ」

 金茶、と呼ぶのだろうか。鈍く光るショートカットが逆立って見えた。猫のような瞳で猫のように威嚇して。

(学校が始まったら、またあの視線にさらされるのか……)

 きついな、と小さく呟けば、慰めるように水の気配が近寄ってくる。
 疲れの半分はお前のせいなのに、と八つ当たる気持ちにも苛立ちは無く、ただただ無意味な疲労が大和の体力を奪っていった。




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