×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。



title/共通点


 アスファルトの上を、二人は川沿いに歩く。長いこと手入れされていないために錆びてしまった柵の内側を流れる川では、元気いっぱいの小学生男子が数人、水遊びをしていた。
 小さい頃から外で活発に遊ぶということをしなかった田所遥から見ると、彼らが川で一体何をしているのか予想もつかない。

「川遊びなんて、元気ですね」
「あぁ……?」

 炎天下の中、向かう先は夏期講習が行われる塾で、そこには遥や朝丘以外の塾生も集う。だが、補習を課せられたのは朝丘だけだ。他の塾生は普通の夏期講習を受けに来る。
 ちなみに朝丘の補習に関しては別料金などとっていない。彼女の奔放さを心配した母親が朝丘の両親に話をつけて、塾に来るようにしていた。
 とはいえ遥の母親も忙しい身だ。夏休み中ずっと面倒を見ることは不可能なので、こうやって自分がその代行をやっている。一人の友人としても、朝丘と一緒にいられることは不快ではなかった。

「くっ……この炎天下の中ザリガニ釣りとは……! 見ているだけで暑い、見ているだけで疲れる、見ているだけで腹立たしい……!」

 ぎりぎり、と歯軋りでも聞こえそうな呪わしい声で隣の朝丘が唸る。遥よりほんの少し低い身長の朝丘を、横目でちらりと見やれば視線の先には川遊びに夢中な小学生男子。

(……ザリガニって釣るものなんだ)

 初めて知った事実に衝撃を覚えつつも、遥の中に次々と疑問がわいてくる。釣りといっても小学生たちが持っているのはただのタコ糸にしか見えないし、テレビで見るような釣具を持っていない。そもそもザリガニを釣ってどうするのだろう。

(食用、とか……)

 はっと気付き、息を呑む。はねる水を気にせずにはしゃぎまわる子どもたち。彼らの膝くらいまでの水位しかない川はお世辞にも綺麗とは言えない……そこで釣れたザリガニを食べる勇気は、自分にはない。
 そこまで考えたところで、まさか朝丘は食べたことがあるのでは――と隣へ視線を移すと、

「暑い暑い暑いいぃぃぃっ!」
「……」

 朝丘は叫んでいた。どうやら暑さに耐えられなくなったらしい。あぁ、小学生たちの視線が痛い。

「まだ私の家を出てから十分も経っていませんよ」

 呆れのため息を吐いて諌めようとするが、朝丘は駄々っ子のように首を振った。その動きがかえって暑そうなのだが、突っ込むのはやめておく。

「どうして夏はこんなに暑いんだぁぁあ」
「夏だからでしょう」

 そんなことは百も承知だ――! と吼えた朝丘は、先ほどまでのハイテンションが嘘のようにうなだれてブツブツと呟きだす。忙しい人だ。

「高校卒業したら絶対就職して北海道に行ってやる。青森でもいいや。林檎が美味そうだ。いや、いっそのこと北海道の高校を受験して……」
「中学生レベルの勉強すら怪しい身で望む未来ではありませんね」

 北海道……遠いな。
 冗談と分かっていても痛む胸を自分自身の的確な突っ込みで封じて、遥の心はどんどん本音を塗りつぶしていく。

「田所が苛める……」
「事実です」
「おまえなぁ、図星っていうのが一番きついんだぞ?」
「……自覚あったんですか」
「……認めたくはないがな」

 哀愁漂う表情で逸らした目を遠くへ向ける。気にしているなら真面目に勉強すればいいのに。
 あぁ、でもこの人は『真面目』以上に似合わない言葉はかったな。
 かなり失礼な部類に入ることをあっさり納得して、些細ではあったけれど理解できたのを嬉しく思う。
 心軽くなった遥の足取りとは逆に、鈍重な動きでのたのたと進む朝丘。自然、置いていくような形になり二人の距離は開く。だが、軽快な歩みはすぐに止まった。背後で独り言を吐き続ける朝丘を待つためではない。

「……」

 曲がり角の先、二人の死角になる位置にだけ妙な違和感と不快感。
 隠れながらも、こちらを覗き見る気配が蠢いた。遥の意識が自身に向いたのを悟ったのか、ゆっくりとそれが移動を始める。
 ――こちらに向かって。
 遥の眉間に皺が寄る。胸を襲った圧迫感で呼吸がしづらくなり、無意識に動いた手がブラウスを掴んだ。

「?」

 独り言をやめた朝丘が追いついて遥の異状に気付く。前触れ無しに歩みを止めた遥の顔を怪訝そうに覗き込んでその視線の先をたどり、それを捉えた。
 遥と同じものを視界に納めた刹那、朝丘は表情を険しくした。

「雑魚が……」

 吐き捨てるように罵り、切れ長の双眸を歪める。
 それは一見すると捨て置かれたタバコの煙で、黒く濁った色をしていた。軟体生物の動きを最大限嫌悪感を与える方向に転換すればこんな感じ、とでも言うのか。ともかくそんな表現がしっくりくる気持ち悪さだ。
 観察するほど胸の圧迫感は強くなるが、その姿に捉われた瞳は逸らすことを拒んでいる。恐怖という鎖が身体の自由を奪うのだ。
 遥は、何度見てもあれに慣れない。

「――田所、さがって」

 朝丘の、普段からあまり良いとは言えない目つきがさらに鋭さを増した。揺らめく煙を睨み据えながらも、一歩前に出て遥をかばう位置に立つ。
 一連の動作に迷いはなく、役立たずの遥は大人しく身を引いた。
 圧迫感はすぐに消え呼吸は楽になったが、険しい表情のまま煙に近付く朝丘を見て胸が痛んだ。

(また、迷惑かけた)

 一人自己嫌悪に陥る間にも、変化は起きていた。
 朝丘が距離を縮めるたび、今度は煙のほうが竦んだように動きを止めるのだ。彼女の気迫と存在に慄いているのが遥にもわかる。
 煙は彼女の腰までの高さしかなく、頼りなさげに揺らめくが、そこに儚さなどは一片たりとも含まれていない。

『あー……うぅああぁ――がぁああ、ぐぅう』

 煙が発した悲鳴と思しき唸りに、耳をふさぎたい衝動に駆られる。泣きたいのは遥だ。彼らの一挙一動に振り回される自分が嫌いだ。

『……が……ぐぁあぁああぁ――ぎ、ぎぎ』

 低く、薄く、執拗に唸りは繰り返される。
 だが、それは朝丘の耳に届いていない。『見え』はしても『聴こえ』ることは少ないと、以前当人から直接教えてもらった。
 幸運、だと思う。あんな声が聞こえなくて。

「わざわざ視界に入って妙な真似をするな」
『うぅー……ぁ、あぁぁああ――』

 朝丘の「宣告」に、煙の動きと無意味な唸りが小さく、弱弱しいものへと変わる。
 遥の位置からは背中しか見えないが、きっと彼女の双眸は冷たく恐ろしいだろう。初めて会話したときの彼女も、恐怖で身体が動かなくなるような目をしていた。

「消えろ」

 その明快な一言が紡がれると同時、黒い煙はビクリ、と一瞬固まって、すぐに空気に溶けて消えた。
 戦慄を覚える、淀みない言葉――まるで、絶対者が下す命令のような抗い難さが、朝丘の声にはあった。

(いつみても、すごい)

 見えるだけの遥とは違って、朝丘水乃は何故か『それら』を追い払ったり、消したりすることが出来た。
 自分だけでは対処できない遥が憧れてやまない、それは朝丘にだけある、いわば『才能』なのだろう。

「行くぞ、田所」

 遥に顔だけ向けて、朝丘が声をかける。その場に立って遥を待つ朝丘の表情は普段どおりで、けれど良く見ると少しだけ気だるさが伺えた。

「……えぇ」

 まだ緊張しているのか、やたら硬くて震えそうになる足をゆっくりと踏み出す。
 どこを見てもあの黒い煙は見えない。その姿は確かにこの場から消えうせ、恐らくは存在そのものも消えてしまったのだろう。
 遥は先程までそこにいた存在を思い出して、身震いした。身体の表面は日に照らされてほてっているのに、内側が寒くて、ぞわりと肌が粟立つ。

(なんで、あんなものが見えるんだろう……)

 見たくなんて無いのに、と遥はぎゅっと目を瞑った。暑さによる汗なのか冷や汗なのか分からないものが額を流れて酷く不快だ。
 十人中九人が「病院に行け」といいそうなくらい蒼白な遥を、朝丘はじっと待つ。暑い、暑いと文句を言っていた様子からは想像も出来ないような、それはとても静かな立ち姿だった。
 通う中学も、性格も違う二人が共通する一点――それは、世に言う「霊感」の持ち主でることなのだ。




前へ  目次へ  次へ

お小言
そろそろ夏本番です。
この話が一番書きやすい季節です。
冬に書いても、夏の暑さとか表現しづらいんですよ(笑)。